1.まず映像はこの上なく美しい。フィルムの色、光の使い方、構図の取り方とどれも素晴らしい。机に向かい日記をめくる有希のカットなどは絵画のよう。下北沢のどこかノスタルジックで程好くとっちらかった街の風景も愛情をもって切り取られているのがわかる。その反面、物語性が薄いと感じるのも確か。でもそれは、モノローグやモンタージュを多用し、なるたけセリフを排除する俳人のような監督だからそう感じるのだと思う。本作は少女有希が下北沢というフィルターを透して、大人へと成長する物語。ただ表面的な下北沢の魅力を描くのではなく、この時期の人間にとって住み慣れた街や友人というぬるま湯から距離を置くことの大切さも描く。店のテーブルで煙をくゆらす蚊取り線香のカットの後に、「真っ直ぐな蚊取り線香のよう」と自身を評する有希。そして監督は彼女を旅立たせる。いいじゃないですかこの締めくくりは。雰囲気だけではなく、目を凝らせば何かが見えてくる。こんな監督なかなかいませんよ。なのに市川準作品の多くが未だにDVD化されていない。僕には不思議でなりません。