59.《ネタバレ》 映画の主人公が、すべて善人とは限らない。バーナムとてしかりで、最初からバーナムを
”見世物小屋をサーカスにしただけの、結局はフリークスを利用して金儲けをした男”
つまり、クズ野郎として鑑賞すれば
「よーし、クズ野郎の顛末を見てやろうじゃねえか!」
と、潔ぎよい気持ちで見ることができるだろう。
英国でバーナムが女王に謁見した際のパーティーに、一緒に参加したがっていたフリークスたちを追い出してドアをバタンと閉じて締め出した場面など
「おお!これぞまさにクズ男の真骨頂!」
と拍手すらしたくなるはずだ。
ところで、心に刺さる映画に必ずあるものの一つに主人公の”心の葛藤”があるが、主人公はそのクズっぷりにふさわしく、今作ではこの”心の葛藤”が見事なまでにズボっと抜け落ちている。
たとえば同じくフリークスを扱った映画「エレファント・マン」では、ジョン・メリックを見世物小屋から病院に引き取った医師は、彼のためを思って上流社会の人たちとの交流を彼に薦め、実際ジョンもつかの間の幸せの時を味わっていたが
ある日医師は、暗い部屋で妻に「僕は、ジョンを利用していただけかもしれない。偽善なのか。僕は最低な男なんじゃないか」と、心の葛藤を打ち明ける。
この場面がもし「エレファントマン」になかったら?心に刺さる映画にはなりえなかっただろう。
もう一例挙げるなら「シンドラーのリスト」。この映画では、単に金儲けのために安いユダヤ人を雇っただけなのに、結果的にユダヤ人をホロコースト送りから救い出すことになった事に、主人公が気づかされるにつれ、心の葛藤を抱く描写画面が何度も出てくる。
どちらも「私がしていることは善か?偽善か?」と、心の葛藤で悩む姿があってこそ作品として心を揺さぶるのだ。
しかしバーナムは、フリークスを雇っている事についての心の葛藤は一切ない。
お悩みは
「上流階級に認められてぇえ~~!」
であり
「妻子を幸せにしてやれる世帯主になりてえぇえ~~!!」
だけなのである。
フリークスも、美人
オペラ歌手も、彼にとってはそうしたお悩み解決のためのツールでしかない。
サーカスのテントが火事で焼失した後、フリークス達が「ここが私達の家なんだ!再建してくれ!」とバーナムに懇願したが、その時点でもバーナムの頭の中心にあるのは
「妻子を幸せにするカッコいい世帯主になりてえぇ~~!!」
だ。
再建はフリークスのためではなく、フリークスに対する義理を果たして、さっさと家族関係を再建したいだけなのである。
テントを再建したら即フィリップに全部まる投げし、ゾウさんに乗ってド派手な演出で家族の元にゴー!とか、クズ男は、実に、最後の最後までクズなのである。なんとも痛快なクズ物語!
そして、そんなクズなストーリーを華やかに彩るのが、素晴らしい音楽とダンス!!
何を隠そう、ザック・エフロンが大好きな私である。
「ハイスクールミュージカル」シリーズや「ヘアスプレー」では、ピッチピチの彼の歌と踊りに心沸き立ち「将来このまま、もっとのびる!」と期待していたのに、その後のびるどころか全く話題作に恵まれず、すっかり落ち込んでいた矢先に、久々にミュージカル映画で登壇!
やはりザックは歌い踊ってこそ輝く俳優だと改めて思った。
バーでの「The Other Side」といい、ゼンデイヤとの「Rewrite The Stars」といい、期待以上の素晴らしさ。20代の頃より、声もずっと太く、ついでに顔と体も太くなっていたが、やはりオーラは健在だ。
そしてゼンデイヤといえば、娘が昔見ていたディズニーチャンネルのティーン向けドラマ「シェキラ!」に出ていたこともあり、彼女にも親近感も持ちながら楽しむこともできた。
ぶっちゃけ、ストーリーはクズいし、予告でサーカスシーンがてんこ盛りだからシルクドュソレイユみたいなエンタメが楽しめるかと期待したのに、迫力あるサーカス場面の割合はめちゃくちゃ少ない(予告編の場面がほぼすべてw)しで、評価できる部分が少なくて0点を付けたいところだけど、ザックの復活を祝して3点献上。
あと、アカデミー賞にノミネートされ舞台でのパフォーマンスの場まで作ってもらっていたのにオスカーを逃したキアラ・セトルの「This is Me」も、私にはそこまでグサっとは刺さらなかった。
たぶん、彼女が歌っている最中ずーっと心の中で
「そんなにヒゲがイヤなら、剃っちゃえばいいじゃん・・・」
って思って気が散っていたせい。