94.《ネタバレ》 子供は子供だった頃──。
ノートで書き出したシーンから始まる詩は、
確実に死を迎える人間になることを選んだ天使に開かれた世界そのものである。
美しいモノクロで紡がれた天使と人間のメルヘンチックなラブストーリーであるものの、
舞台がベルリンであることに大きな意味があるように思える。
かつて多くの子供たちも命を落とした第二次世界大戦の記憶が風化していき、
いつ戦火が上がるか分からない冷戦の象徴であるベルリンの壁が東西を分断している。
この舞台装置が本作を唯一無二の独特の雰囲気へのし上げている。
人々の悩みや想いを読み取れる、太古の時代より生きていた天使たち。
だが、彼らは人間に触れることもできず、ただ見守ることしかできない。
生きる喜びとは無縁の、無機質でモノクロな世界が眼前に広がっている。
やがてブランコ乗りの女性に恋をしたダミエルは、限りある命を持つ人間になることを選ぶ。
モノクロからカラーに移り変わり、存在の重さを知り、色を知り、コーヒーの温かさを知り、
好奇心というスポンジで新たな驚きを吸収していく。
それは詩で描かれていた子供たちの世界そのものだ。
先輩にあたる元天使が刑事コロンボでおなじみのピーター・フォーク本人役なのが良きアクセント。
この人が天使から俳優になった経緯を想像したくなる。
一度見ただけでは理解できたとは言えない。
眠気に襲われるときもあるだろう。
だが、寂しさによって自分自身を認識できたからこそ、誰かに心を開ける。
きっと楽しいことばかりではない、醜く汚い現実を知ることになっても、
前向きに歩いていくことのメッセージが感じられるヴェンダースの人生賛歌。
ふと思い出して見たくなる一本の一つに加わった。