40.《ネタバレ》 再見。
「浮草物語」のセルフリメイクであり、江戸っ子時代の小津安二郎に再会するかのような作品でもある。俺の好きな小津の傑作の一つだ。
港の灯台と酒瓶が並び、蒸し暑い夏の季節を迎えた街では噂が流れ、旅人たちの乗った船が港に入って来る。船の中も熱そうに薄着でくつろぎ煙草を吹かしている。
チラシを配りながら良い女がいないかチェックしてまわり、群がる子供たちには一枚もやらない。姉がいても子供にゃ用はねえぜとスタコラサッサ。
初対面の女の子だろうが遠慮なくボディタッチ、そんな野郎にはもれなく剃刀をゴリゴリやする怖い母ちゃんが御持て成し。頬が物語る“お礼”の跡。
旅一座がどうこうとか、そんなもんは正直どうでもいい。方々を旅できる設定なら何でもいいのさ。何せ本題は“情事”をめぐる喧嘩だもんな。それが後半一気に加速する。
宮川一夫が捉える色彩豊かな風景や市街地、艶やかな着物の柄、肌の色、女性陣が華を添えながら。
「目的」に会うためやって来たと言ってもいい“伯父さん”、楽しそうに青空の下で釣りをする光景。芝居の出来なんて二の次、ただ一緒に語り合えればそれで良かった。
小津にとって「劇中劇」は関係を悪化させるためのキッカケに過ぎないのだろう。「晩春」で原節子が本性を剥き出しにした時のように。
この映画も京マチ子と若尾文子の色っポイ仕草やら何やらを存分に堪能できるのだから。
旅一座の女役者、年季の入った座長、明らかに年齢の離れたこの夫婦。
壇上の垂れ幕は真相を物陰から覗く装置として機能し、密告を聞いた女の視線は柱の前で笑う“浮気相手”を捉える。合ってるけど違うすれ違い・勘違いが引き起こす騒動の始まりだ。
「敵地」に乗り込み確認するもの、土砂降りの雨と道を挟んだ大喧嘩!轟音すら凌ぐ罵声の浴びせ合い!!
嫉妬が生む“謀”、自分でやらないのは手を汚したくないからじゃない。それでも愛しているからこそ自分の肉体を許さない、コッチに目を向けて欲しいがため。
室内から路上→本拠地の中にまで引き釣り込む“誘惑”、情事を始めるための接吻。いきなり三回もチューチューしちゃうほどの一目惚れ!ちょ、チョロすぎだろコイツ…
そうとも知らず“夫婦”水入らずで話し合う場面なんてちょっと可哀想になってくる。
帰り道で見てしまった路地裏の先で分かれる男女、驚く自分を抑えるように壁の影に慌てて隠れる様。待ち伏せ、容赦なく浴びせられる罵声・平手打ち!呼び出した奴にもブチかます怒り振り!「宗方姉妹」や「風の中の牝鷄」ほどじゃないが、回数が少ないからこそゾッとする暴力性。
事件を予告する酒場での話し合い、散乱するチラシと結ばれた風呂敷が物語る“崩壊”。
列車の噴き上げる蒸気が示す“事後”、帰って来た者の告白。誰も平手打ちに対して怒ろうとはしない。それだけの恩を感じているからだろうか。床に突き飛ばす理由は愛する人を傷つけられたからであり、今更“父親”面しようとする人間に失望したから。
何もかも失った男は、頬を叩いていた手で優しく腕を撫で、謝罪し、託して庭先から去っていく。カエルの子はカエルになるかどうか分からない。いくらでも変わっていける。でも流れ者をしてきた男は年月が経ちすぎたのかも知れない。
そんな男に、あの人は黙って煙草の火を差し出し隣に座ってくれた。大きな船に乗って来た旅人たちは、小さな列車に揺られ次の場所へと消えていく。