69.ヒロインの「悲鳴」に気づき、ジョン・トラヴォルタ演じる音響効果マンの主人公が彼女の危機を救うべく走る。
このクライマックスまで冴え渡るブライアン・デ・パルマのカメラワークを観ながら感心しつつ、一方で「意外とオーソドックスな映画だったな」と、その後に訪れるであろうエンディングを予想して思った。
そして、同時にジョン・リスゴーが扮する殺人者の存在性や解消されていない物語設定に若干の整合性の欠如を感じ、「不満」が顔を見せ始めた。
しかし、その直後、「不満」は速やかに叩き伏せられた。
安直な予想を覆す圧倒的に印象的なエンディングに言葉が無かった。
時に軽妙ささえ巧みに醸し出しながら展開してきたサスペンス色豊かな映画世界が、一転して上質な「悲劇」へと帰結する。
過去に傷を持つ男が、或る事件の遭遇によってかつての正義感を揺り起こす。それは、不遇を極めている人生からの起死回生の脱却を図った一人の男の姿だったと思う。
しかし、人生の無慈悲は、ふいに生まれたその転機のきっかけさえも、無情過ぎる悲劇をもって消し去る……。
大いなる失意の中で音響効果の仕事に戻る男。
試写を観ながら「いい悲鳴だ」と繰り返し呟くその様は、男が静かに精神の闇に沈み込んでいく様子が如実に表れており、胸が詰まるラストカットだった。
本編への重要な伏線となる劇中映画を用いたオープニングからはじまり、ラストの美し過ぎ悲し過ぎる花火シーンに至るまで、全編に渡ってブライアン・デ・パルマの卓越した映画術が冴え渡っている。
おそらく、一度観ただけでは気付かないような細かな映画的工夫も随所に散りばめられていることだろう。
そして、ジョン・トラヴォルタは、映画世界の展開とそれに伴うテンションに混じり合うように呼応し、音響効果マンの主人公を演じ切ってみせている。
群衆の賑わいに掻き消される悲鳴。誰にも届く筈の無い悲鳴が、主人公にのみ届くという映画的な巧さと絶望感。
鑑賞前に予想していたものとは全く違う感情を覚えたが、それこそが映画の醍醐味だと思う。
良い監督と良い俳優による文句なしに良い映画だった。