8.《ネタバレ》 『猿の手』という有名なイギリスの小説がある。三つの願いごとを叶える猿の手を譲り受けた夫妻に起こる奇怪な出来事を描いた恐怖譚だ。夫妻は一つ目の願いで猿の手に大金を無心するが、皮肉にも最愛の息子が事故死し、その見舞金を受け取る形で願いが叶う。嘆き悲しむ夫妻が死んだ息子を生き返らせるという悪魔的な願いを二つ目に唱えると、ある晩、だれかが彼らの家のドアをノックする。次第に気違いじみた激しさで叩かれる扉。尋常ではないその気配にも関わらず母は息子の帰宅に喜び勇みドアを開けようとするが、危険を察知した父が咄嗟に三つ目の願い事を唱えるとノックの音がはたと止むという話だ。等しく息子を愛しながらも、違いを見せる母性と父性。母の愛は時に理屈も常軌も逸し、子のためならば悪魔にその魂を売ることすら厭わない。ある意味愚かで、けれどそれゆえにその愛は底無しに深い。『殺人の追憶』で見せた骨太でアクの強い作風はそのままにポン・ジュノが本作で執拗に捉えるのもまた、そんな鬼気迫る母の愛だ。息子トジュンの無実を晴らすため憑かれたように突き進んでいく母。トジュンの友人でありながら協力と引き換えに金銭を要求する信用ならないジンテに、それでも縋るようになけなしの金を握らせる母のその姿は、まるで我が身の肉を削ぎ悪魔に差し出すかのようだ。やがて彼女が対峙するのは『猿の手』に喩えるならばドアの向こう側の見知らぬ邪悪な息子だ。一心に母を求める無垢なノックに為す術なく扉を開くその時、まさに彼女は息子の帰宅と引き換えに悪魔と地獄の契りをかわすのだ。無能な刑事が用意するスケープゴートの如き真犯人が、トジュンと同じく知的障害をもつ青年だという皮肉は、あまりにも痛烈だ。不運な青年には父も、そして彼のため悪魔に魂を売る母も、いない。生贄となる彼のため慟哭するトジュンの母。やりきれないのは彼女の涙が、子をもつ「母」としてのそれでもあるということだ。もはや彼女に出来るのは、記憶を消す鍼を内腿に打つことだけだ。悪夢の荒野で彼女が見せる滑稽で愚かで常軌を逸したダンスはまさに、滑稽で愚かで常軌を逸した、けれど底無しに深い、母性そのものだ。鍼を打ち同世代の「母」たちの気違いじみたダンスに再び加わる彼女は、そうして狂ったように踊り続けるしかないのだ。 【BOWWOW】さん [映画館(字幕)] 8点(2009-11-14 23:15:29) (良:3票) |
7.《ネタバレ》 母の強さは正しさなのか。何にせよ、ポン・ジュノの映像から役者の演技の引き出し方から見事。 狂気の愛である。しかし、普遍の愛でもある。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』から10年近く。ダークが完全にファンタジーであるのに対して、本作はどこまでリアルなのか。 いや、警察の見込み捜査もひどいもの。ジンテもわけがわからない。そこがつっこみどころなのかリアルさなのか、微妙な綱渡り。そのバランスの結果、思わせぶりで先に進んでいく。 結局の所「唯一の真実」はそれほどはっきり描かれないので、標準的な解釈以外の解釈の余地が残ってないわけではない(真犯人は本当は誰なのか?)。しかしながら、「標準の解釈」で良いのだろう。この辺りのバランス感覚がミステリー演出の妙なのだろう。 そして、踊る。トリアーを意識したものなのか?いや、韓国人は良く踊るのである。あのようなシチュエーションで踊るというのは、見事な演出としか言いようがないのであるが。 イ・ビョンウの音楽も・・・。OSTを買うかな。 【SUM】さん [映画館(字幕)] 10点(2009-11-11 23:32:33) |
6.《ネタバレ》 オープニング・・・けったいなオバハンの踊りに=??? 前半・・・溺愛母子の関係に=嫌悪感 同じ布団で寝るな~! 中盤・・・燃える母さん刑事に=拍手 あなたは中村玉緒(流石姫子)か! 後半・・・真犯人判明と急展開に=驚愕 嫌な予感はしてたが、このオチかぁ!!! エンディング・・・安息の訪れた母子に=嗚咽 母さん、もっと踊りなさい。。。 非常に、非情に、疲れる素晴らしい映画です。 【つむじ風】さん [映画館(字幕)] 9点(2009-11-11 02:24:20) (良:1票) |
★5.《ネタバレ》 ポン・ジュノ監督ですから一筋縄所ではなかったですね。 冒頭から陰鬱なイヤ~な雰囲気が充満していて、『ポン・ジュノ映画を観ているな』と実感がすぐ湧きました。 母親が歩くシーン、息子が立っているシーン、さりげないシーン一つ取っても独特の空気感が醸し出されて魅了されます。 息子の無実を晴らすために執念の独自捜査を続ける姿は、凄まじい迫力。 後半になればなるほど、母親の顔はもはやホラーの域に達し恐い・・ 歯止めの効かない暴走装置と化したよう・・。 そして、事件の結末を過ぎた後、あのラストシーンの夕焼けの光で照らされる 狂気ともいえる母親のダンスは救いの無い迷宮に入り込んだやりきれなさが残り、 ズシーンと重くのしかかります・・エンディングクレジットが流れる間、色々頭の中でシーンが巡ってきて混沌とした気持ちになりますが、それすらも心地よさも感じる余韻でした。『疲れたけど・・もう一度、観たい』という結論になります。 もちろんサスペンス映画としても見応えは十分でそちらの方向でも面白く見ました。 どこかの国の映画みたいに的外れな美談でまとめず、容赦なく人間の膿をえぐり出したような、映画に全面的に支持したくなります。
【まりん】さん [映画館(字幕)] 9点(2009-11-08 16:44:18) |
4.《ネタバレ》 すごくいい映画でした。中盤からこれでもかと言うくらいに展開、それもスピード感と言うより引き絞られるような緊張感が次々に積み上げられていく感覚。単純な母親の愛情物語と思っていると面食らうことになりますが、二重、三重、幾重にも組まれた綿密な観客への「罠」はそれにはまることが快感に思えるほど面白く、そして怖い映画です。見当違いかもしれませんが私はふと「サイコ」を連想してしまいました。最後、踊り狂う母親の姿は明日からまた全てを忘れたように息子と生きてゆかなければならない、生きていってしまう自分への絶望とあきらめを振り切るための踊りに見えてむなしく悲しい。このお母さん役の役者さんは韓国の大女優らしいですがそれも納得。今年観た「チェイサー」とともに韓国映画のトップクラス(と勝手に思っているですが)のレベルはすごいと再び感心してしまう。 また、この様な映画が成立する韓国映画業界もすごい。 【ことひき】さん [映画館(字幕)] 9点(2009-11-06 18:45:14) |
3.《ネタバレ》 ポン・ジュノ監督お得意の、社会の下層の人々が、ただ足掻き続ける物語。英雄願望という点でも見事なまでに従来作から一貫しております。母は正義を貫いているつもりだった、そしてその姿は冴えないオバさんながらカッコいいとすら言える状態だった、でも、真実が明らかになった時に、何もかもひっくり返ってしまい、映画を捉える視点すらも変わり・・・。いや、正直なところ、真実の線はワリと予測されてはいたのですが、そこが重要ではなくてね、『ほえる犬は噛まない』あたりにもあった、価値観がコロリと転じる突き放した感じ、容易な感動を与えてたまるかとばかりにひっくり返すシニカルな感じに苦笑しつつ、今回もまた妙に感心せざるを得ないワケで。毎度の事ながら、その容赦のなさ加減に「監督、またキッツイわぁ」と。「覆水盆に返らず」とばかりに劇中何度もこぼれ、流れ出す液体、そして繰り返される、それを無駄に隠そうとする母の姿が切なく憐れです。息子の心の真実までも見えなくなって孤立したラストの残酷さ、救いのなさ、それがああいう明るい動のカタチとして表現されるあたり、この監督のアクの強い才に魅了されないワケにはいきません。ポン・ジュノこそは今や世界にも数少ない「戦う映画監督」、そこがとても魅力的です。 【あにやん🌈】さん [映画館(字幕)] 9点(2009-11-02 20:17:11) (良:1票) |
2.《ネタバレ》 一見よくある溺愛息子の冤罪晴らしに執念を燃やす母親ストーリー。だがボン・ジュノはタブーに近い展開を後半畳み掛ける。真犯人は誰なのか?今の日本のテレビ中心のドラマや映画に慣れすぎると、監督がちりばめた無数のヒントが気づかなくなるらしい。友人の半数がストレートな解釈で納得していることに驚いた。この監督はそんなに甘くないし、恐ろしくクールだ。よく練られたシナリオと俳優の迫真の演技、昔はいっぱいあったのに…なんて愚痴りたくなるほど、すばらしい。日本で作ると当たらないんだよなあ、こういう作品。それでももし日本で作るならば私の中で配役は決まっている。母親に吉行和子、息子は境雅人、息子の友人は成宮寛貴。年齢はぜんぜん違うけどそれぞれみんな激似です。 【やしき】さん [映画館(字幕)] 9点(2009-11-02 02:29:52) |
1.《ネタバレ》 今までいくつか観てきたなかでいえば、ポン・ジュノ監督はどうもある種の反骨精神の持ち主らしく、教授や司法家など、世間的に地位の高い者や権力を持った者を大抵くそみそに描く。そのペンとカメラでの裁きっぷりは容赦ない(何かトラウマでもあるのだろうか?)。本作でも、杜撰な捜査をする警察や、弱い者いじめの強い人間たちが出てくる、出てくる。嫌らしい大人のオンパレード。そんな社会じゃ弱者は救われず、貧しい少女は身売りまがいのことをしなければならないし、愚者はあくまで利用される。だからこそ母は強くなり、弱者である息子のために奔走する羽目になるわけだが…。結局この作品で一番不幸だったのは、正直者のおじさんと、罪がないはずなのに少女の鼻血によって捕まった少年。二人に「母」はなく、救ってくれる者はなかった。当初は「可哀相」だったはずの母子は、他人を「可哀相」にして、自分たちは助かってしまう。庇い合える存在さえいてくれたら、人は何とかなるってことか。それにしても、本当の意味では救われない作品。ミステリーではあるけれど、謎解き的な要素より人間の光と影というか、そういった部分が面白かった。しかし、様々な伏線をきちっと収束させる手腕もお見事。貧しいはずなのに湯水の如く湧いて出るお金については目を瞑ろう。 【よーちー】さん [映画館(字幕)] 8点(2009-11-01 20:26:38) (良:2票) |