102.《ネタバレ》 ジェイク・ラモッタの自伝を元に映画化。
主人公がいかにボクシングによって栄光を掴み、いかに家族を失っていったかを苛烈に描いていく。
ラオール・ウォルシュの「鉄腕ジム」の影響を感じられるが、この作品は「鉄腕ジム」の間逆みたいな作品だ。
「罠」や「ボディ・アンド・ソウル」「殴られる男」に通じるフィルム・ノワールとしての側面もある。
19歳の青年から43歳の主人公を「体型の変化」だけで演じきったロバート・デ・ニーロの恐るべき怪演。
顔の表情も年齢を重ねるかのように徐々に変わっていくのだ。
後年の「アンタッチャブル」でもそうだが、太っても痩せても貫禄のある演技を維持できる役者はそうそういない。
撮影のために鍛え上げてきた肉体を短期間で肥やす事は簡単ではない。
またそれを元に戻すことはさらに容易な芸当ではないのだ。
デ・ニーロの役者魂を賭けた渾身の演技を堪能できる1作。
●ここより長い雑記
主人公にとってボクシングは「道具」でしかない。
機械作業のような試合風景やベルトを平気で砕く場面からもそれは見て取れる。
主人公は家族と仲が悪くなっていくのは「ボクシングのせい」だと思い込みたかった。
ボクシングを捨てればいつでも家族は迎え入れてくれると信じていたのだろう。
本当は主人公自身の攻撃的な性格が原因であるのに。
過酷な打ち合いに己を見出し攻略してしまった男は、家族への配慮だけは攻略出来なかったようだ。
そして主人公が己の心自身に原因があったのだとようやく認める場面。
暗闇の獄中で見せた初めての涙。
喪失感に満ちた一人の男の表情がそこにあった。
80年代にあえて白黒のフィルムで描き、記録フィルムのようなカラー映像も古い機材を使うこだわり振り。
主人公が生きた1940年代~1960年代の「空気」を映像によって再現している。
ただ、血を吹き出すボクシングの試合風景よりも印象に残るもの。
それは主人公たちが住む街の空気だ。
アメリカ社会の底を写したかのような暗く沈んだ街、そこにこだまする夢に溢れた大人や子供たちの声。
汚くジメジメとした街に溢れる人々の温もりと、
栄光を掴む度に家族のぬくもりを失っていく主人公の対比。
そこら辺が印象的な映画。