8.まぶぜたろうさんもご指摘のように、岡山にきた淡島が、池部と再会した時の一言、「こんちわ」は素晴らしいと思う。挨拶の魔力が端的に表現されている。この言葉の魔力が人を近づけたり、遠ざけたりする。よくよく振り返ってみると、「こんちは」は常に小津映画の中にあったのであるが、この作品ほど劇的にハイライトはされている例はないだろう。あと、通勤ラッシュのシーンにびっくり。ホームが人で文字通り溢れている。それと、元兵隊たちのなかの、郷愁にも似た感情。戦争はイヤでも、男同士でつるむ楽しさは現在とあまり変わらないようだ。 |
7.刺激の無い日々、平凡で退屈な毎日。そんな日々の中、男は刺激を求めた。穏やかな風景、川の流れのように静かに流れる時間の進み。僕は身を任せて画面に食い入った。そんな中、小津監督の動かないカメラが動いた。それは、男の心が動いたのを知らせるかのように動いた。ハイキングの最中、人々は歩く。それと同じペースで小津監督のカメラが動いた。目を凝らして見ていないと気遣いくらい、あっさりと動いた。そしてトラックの荷台に乗る男と女。その時はこれからの展開も気にせず笑った。その時、僕は“明るい映画”であると錯覚を起こした。しかしストーリーは急転する。男は過ちを犯し、泥沼にはまった。ふと気付けば自分の心境は複雑になり、気持ちは落ちこみ、暗い気持ちになった。ちょっと前まで感じていた、この映画に対する想いとはまったく反対になっていた。そう、まさに“暗い映画”と感じるようになっていた。これほどまで深刻な映画も小津監督は作っていたのだと知り正直驚き、そして感動した。ラストもとても良かった。カバンとハンガーにかけてある洋服を目にした時、僕自身がとても安心し、嬉しくなりまた感動した。この映画は140分と言う長さを全く感じさせない、素晴らしい作品です。 【ボビー】さん 9点(2004-09-27 22:06:05) (良:1票) |
6.わたしの小津の中でベスト。純粋で、端正で、品があって、キレイな映画。 小津はカラーになったら、ちょっと卑猥で下品な作品をつくるようになりますよね。エロおやじの大学教授とか、うんちの話とか。小津にとって「色がつく」ということは「エロくなる」ということだったように思う。もちろん、それはそれで面白いんだけど。でも、それに対して、小津のモノクロ時代の作品は、みんな清潔だし上品です。この作品は、全作品中でも異色作と言われるけど、次の「東京暮色」ほど特異な感じはしない。そもそも浮気なんて、登場人物が口々に言ってるように、どこにでもある話です。もしも、この作品が特異だとするならば、それは小津作品の中で唯一「春」を描いているということでしょう(じっさいの物語の季節は夏のようですけど)。「秋」とか「遅い春」といったイメージが強い小津映画の中で、この作品だけが、タイトルどおり「春」そのものを瑞々しく描いてる。男の人たちにまじって自由奔放にふるまう岸恵子が可愛くて好きです。かなり開放的で大胆ではあるけど、けっして慎ましさや、爽やかさや、瑞々しさというものが損なわれていない。まあ、これがカラー作品だったら、もうちょっと下品だったのかもしれませんけども。これはモノクロ時代の最後のほうの作品ですし、モノクロの小津作品の端正さがここで完成されてるように思います。長時間の映画ですが、まるで爽やかな短編佳作のようで、長さを感じさせません。 【まいか】さん [映画館(邦画)] 9点(2004-03-19 14:17:28) |
5.ドロドロの人間関係をサラッと描いてしまう小津の凄さ。戦争の傷跡を小津が(主テーマではないとはいえ)割と直接的に描くのは珍しいのではないかと思ったのだが、まだまだ小津作品を見足りない証拠なのだろうか。様々な複雑な感情を内に秘めながらも爽やかに蛍の光を合唱するシーンが印象的である。毎度のことであるが、カットバックの妙が冴える。 |
4.どこの会社でも、物凄い牽制球を投げる奴っていると思うけど、これはビーンボールでしょう(笑)。名優、加藤大介と、三井弘次の酔っ払いっぷりには、時の経つのも忘れて見入ってしまいました。(ここからちょいネタバレです)それにしても、不倫嫌いな筈の小津監督が、当の金魚ちゃんを一番生き生きと描いていたのには、意表をつかれました。 |
3.どこにでもありそうそうな単なる日常。丸ビル勤務は今でもステイタス?50年前も今も人の言動って全く変わらないなあという事に驚く。 |
2.サラリーマンの日常から人生の無常さを見事に伝えてくれる作品。戦争で生き残りサラリーマンとして生きる主人公、人生をどこか諦めている雰囲気を持ち流されているような存在。地方へ飛ばされた仲人、脱サラした会社の先輩、若死にする同僚、学のない職人の戦争仲間、自らの転勤、定年を迎える客、唯一の救いのはずの不倫も妻との確執を生む。人生思い通りにいかない事ばかりで憂鬱になりそうである。そんな中で最後までついて来てくれる存在はやはり妻なのか。会社の廊下シーンで初めてカメラが動いた時は感動した、まるでシャイニングで子供が三輪車?で廊下を走っているシーンのようだった。 【亜流派 十五郎】さん 9点(2004-02-10 14:32:57) |
★1.人と話をしていて、つい別のことを考えたり、文脈からずれたことを言ったり、親しい相手以外は通じないことを言ったり…、それをそのまま映画に撮って成立するのは小津だけだ。ごく日常の言葉を物語の中に再構成し、ごく自然に演出することの素晴らしさ。それは、淡島千景が池部良と久々に顔を合わせる際に発する「こんちわ」という感動的な一言に結実する。この「こんちわ」には泣けた。 若い夫婦の危機という題材や、狭い二階屋という空間、窓からの光を生かした演出は、小津というよりは成瀬巳喜男的で、とりわけ、暗い部屋で座り込む淡島と、2階にいる池部良とのカットバックは、小津にしては珍しいのではないか。というより、「いつも同じ話」「どれがどれかわからない」と人は小津を評するが、小津作品に珍しくない映画、異色作でない映画などあるのだろうか。 それにしても、ビール瓶に手を添える岸恵子のエロティック、朝の光の美しさ、笠智衆と池部の会話に不意に登場するボートのスピード感、眼帯をかけた女性の不気味、いつもながら小津の細部は感動的だ。「感情移入できなかった」だの「古い価値観についてけない」だのといった個人的な感想を軽~く超えて、小津はやっぱり素晴らしい。「古くったってね、人間に変わりはないよ」と浦辺粂子も言ってます。 最後に一言。成瀬組常連の中北千枝子が小津映画に最初で最後の出演をしています。「秋日和」などの岡田茉莉子、「麦秋」での淡島千景のような、主人公の友人といった役どころ。これが小津ワールドに見事にはまってない。妙に自由奔放、アドリブ演技しちゃったわ、って感じで、成瀬との演出の差がうかがえるのも、ファンには楽しいところです。 【まぶぜたろう】さん 10点(2003-12-11 01:45:12) (良:2票) |