2.この作品の中で起きているような事件や出来事がもし実際に起きていたとしたら、僕はきっとそれに関係している人々の心や考えは理解できないだろうし、受け入れることなんて絶対に無理だと思う。だけど、この映画に見入った僕の感情は、そこにいる人々の思いをなんの抵抗もなくあっさりと受け止めていた。終始ナレーションで語られる映画なんてのは、説明的で観る気も失せるのだが、この作品は別。わからないし、理解できない人間たちの胸のうちが言葉として耳に届き、心では理解できていないはずなのにわかったような気になって彼女たちを見つめることができた。結局何が言いたいのかわからなければ、この物語を観た事で自分に何かを与えたかもよくわからない。でも、今僕の頭の中にドロドロとした粘着質な液体がくっ付いている。それは何か具体的な思いや感情ではなく、この映画の存在自体が巨大で力があるんだと思う。映画が始まってから終わるまで、僕は画面から目を逸らす事ができなかったのはやっぱりそこにこの映画の力があるからだと思う。父、娘、家族。切っても切り離せない現実と、それに背を向けようとする人間の理想があった。これこそ人間だと思えた人間がはっきりと描かれていた。