5.原作は全巻保有していたし、TVアニメシリーズも小中学生の頃に好んで観ていたオールドファンなので、久しぶりの「復活」の報には無論興味を惹かれたけれど、劇場まで足を運ぶつもりはなかった。
しかし、出張中の新宿で、観たかった大作映画のタイムスケジュールがどれもこれも合わず、ならばと思い立ち鑑賞。「コレを観るなら、“新宿”だろうよ」と。
ゴールデンタイムの新宿バルト9の館内は盛況で、「シティーハンター」というコンテンツ、そして「冴羽獠」というキャラクターの時代を越えた魅力を改めて感じた。
特に今作は、全編「新宿」が舞台で、最終決戦の地も「新宿御苑」をモデルとしており、まさに「ご当地映画」的な盛り上がりも多分にあったのだと思う。
映画館から出て徒歩数分で、映画の舞台となった歌舞伎町やゴールデン街に足を運ぶのも一興だろう。
というわけで、今回の映画化企画は、「新宿」という街そのもののイベント企画という趣向が思ったよりも強かった。
故に、普段から新宿を活動拠点としている人たちや、古くからこの街を愛する人たちにとっては、問答無用に愛着を持たざるを得ない仕上がりだったろうと思う。
その一方で、原作ファンを満足させる内容であったかと言うと、残念ながらそうではなかった。
北条司による原作漫画で、ハードボイルドな世界観、大人の色気と色香に痺れ、「格好良い」ということの意味を知ったファンとしては、あまりにチープなストーリー展開に鼻白んでしまったことは否めず、失笑と苦笑の連続だった。
作画やビジュアル的にもお世辞にもクオリティが高いとは言い難く、テレビスペシャルを見ているようであった。
原作・アニメのオールドファンや、新宿のオトナたちをメインターゲットにするのだから、ストーリー展開的に、もっとハードに振り切って良かったのではないかと思う。
裏社会No.1のスイーパー(始末屋)である冴羽獠に、ただの一度も明確な“殺し”をさせず、パチンコ玉での応戦や、ドローン相手のドンパチに終始させてしまう展開には意気消沈せずにいられなかった。
そして何と言っても最大の難点は、自主規制か何だか知らないけれど、最後の最後まで冴羽獠に“もっこり”をさせなかったことだ。
お慰みのように、主題歌の最後に神谷明に「もっこり」と言わせるが、そういうことじゃないんだよ。
「それが時代の流れ」と言ってしまえばそれまでだが、人を殺さず、“もっこり”もしない冴羽獠なんて「シティーハンター」じゃない。
だがしかし、クライマックスでの「SARA」、そしてエンディングの「Get Wild」が流れた瞬間に高揚感を抑え切れないのも、オールドファンの性。
実家に置きっぱなしの原作漫画全巻を近日中に取りに行くのは間違いない。