6.《ネタバレ》 別々の役者が同じ人物を入れ替わり立ち代り演じる、という場合には、誰が演じてもそれは間違いなく「アビバ」である、というくらいに脚本中で「アビバ」が人物として成立していることが必要です。この場合は「無垢である(モラルをもたない)」というのが共通項となっているようです。
原題が「回文」なのですが、アビバの名前はもともと回文だから「行って戻る」、ですが、変態小児性愛者兼ヒットマンのアールは死の直前に「本名はボブ」と言います。これも回文ですから、この時点で「先に進んでいると思ってるようだけど、実は折り返し(この先同じ)だよ」という意味だと思います。ラストで、ユダがなぜだかオットーに改名しますが自分で言っているようにこれも回文なので、「最初に戻った」なのだと思う。
アビバの堕胎児は女の子でしたが、なぜ性別をはっきりさせているのかというと、アールに誤射されて死ぬのもフライシャー医師の娘だからですたぶん。「回文」なのだから、アビバの堕胎児とフライシャーの娘が対比関係にあるのです。そして、フライシャー狙撃についてのアビバの態度は、事前も事後も全く罪悪感がなく、ないどころか「やれ!やれ!」「アールは何も悪くない」というものですから、殺人に加担しています。ということは、対比関係から考えると、堕胎で殺された女の子についても、アビバは殺人に加担しているということを示しているのだと思う。
家出したアビバはきれいな場所も汚い場所も通って、水のように流されます。けれど、流れ着いたところは元の場所。「母になる」という計画も全然進まないまま。
そしてパーティーでマークが運命論を語るのですが、この、マークとの会話をする女優がなぜジェニファー・ジェイソン・リーであるのか、これは偶然ではないと思います。
「アニバーサリーの夜に」で、母親になるのが怖くて夫に隠れて堕胎したのは誰でしたっけ?ソロンズは、ラストに来て「生殖能力の有無を別にしても、アビバは本当は母親になる気が無いのだ」ということをジェニファー・ジェイソン・リーを使うことでほのめかしているとしか思えない。実際にアビバは殺人に加担していることになっているし。
それでも「希望」という問答無用の言葉を頼りにオットーとの不発なセックスに励み、満面の笑顔で「いつかきっとママになるわ」のラスト。果たしてアビバの言葉は「欺瞞」といえるものなのでしょうか。