1.河崎実はバカ映画というジャンルすらも壊してしまったようだ。もはや『いかレスラー』の時の気負いすら捨てて、一切力むことのない自然体の最低映画(って何だソレ)を造ってしまった。
この映画を観ると確実に感性が死滅し、知能指数が下がる。ナチュラルに無設計の照明、巧いとか下手とかの次元とは違うヅラの操演、「脱構築」という言葉に疑念が生じるほどの義務感あふれるお約束コント、役者たちのまるで噛み合わない異次元間通信的演技、『太陽を盗んだ男』と『東京原発』の最大公約数以下まで省略されたシナリオ、とどめにブチ込まれる破壊的ムード演歌「悲しみはヅラで飛ばせ」の想定範囲外の挿入場所…エトセトラ、エトセトラ。
バカ映画の最底辺を掘り起こしたら何が現れるか、まだ世界の観客は誰も知らない。おそらく河崎実にだってわかってはいないだろう。その、開ける価値のないパンドラの箱を開けようとする「バカ以下」が、スコップの先に何かの感触を得た「カチン…」という瞬間、それがフィルムに焼き付けられていると思って相違あるまい。彼が掘り当てたモノの全貌は、まだどういうモノかはわからない。ここには、今までの脱力を超えた「何か」がある。今のところ、オイラにはそこまでしかわからない。
そんな映画の中で、一人だけ一所懸命演技している無名の俳優がいる。明らかにハリウッドのとあるバカ映画のとあるキャラクターを意識した演技で、その役には今までの河崎実ワールドにあり得ない、ベクトルの異なるバカ生命が吹き込まれている。
バカ以下の集団の中に、真摯な態度で一段高く浮くバカ。そんな『イシュタール』に通じるバカがオイラは大好きだ。そのキャラのために、9点を捧げようと思う。