86.《ネタバレ》 見る順番が間違っているが、「グエムル」に比べたらものすごく完成度の高い作品だ。
「殺人の追憶」という金字塔を打ちたてながら、「グエムル」になってしまうのか(ポン・ジュノは)…というちょっと悲しい気持ちすらしてくる。というほど、「追憶」はすばらしかった。
なんといってもソン・ガンホである。
この映画は、脚本の巧みさもさることながら、ソン・ガンホの魅力を満喫するに最適だ。
ソン・ガンホ。別に美男ではなく、スタイルとてずんぐりむっくりだ。いったいどこがどうなのかと言われても困る俳優さんだ。
「グエムル」でも感じたが、ポン・ジュノは作品づくりにあたって、徹底して「世界を美化する」ことを拒む作り手だ。そういう意味では彼の作品は、日本でも大流行の韓国ドラマから最も遠い位置にある。そして「美化」を拒むボン・ジュノの映像に、ソン・ガンホの煎餅顔ほどぴったりなものはない。その煎餅顔が強力に主張してくるものは、「庶民」とか「雑草」とか「ある種の諦観」のようなものだ。
私は、ソン・ガンホを見ていてこんなに役柄にしっくりきたのは「追憶」が始めてだ。
脚本、これがまたすばらしい。1986年のプロローグの同じ場所に2003年に終わる、という循環性を持たせたことも、犯人不明のままエンディングを迎えたことも、作品の質を損なわない絶妙の構成である。パクの恋人の存在や、女性刑事が一役買うところ、同僚刑事の足切断、DNA鑑定の不一致など、ドラマ性も充分だ。
なおかつ、ポン・ジュノは笑いのセンスもある。土手から次々転げ落ちるのをパクが突っ込むとかいう、何気ないシーンにも…。こういうのをセンスというのだ。
そして、ラストの少女の言葉がこれまたすばらしい。「普通の顔だった」…。
少女の言葉を聞いたパクの慄然とした表情が何を物語るのか。これも観客に任されているのだが、おそらく犯人は、パクたちが取り調べた人間の中に居た、のであろう。しかし、その手がかりは「柔らかい手を持ち、普通の顔をしている男性」しかないなんて。パクの頭には、あのとき千切って捨てた容疑者ファイルの中の一人一人の顔が浮かんだのであろう。
日本人による音楽も、ピアノを中心としたクラシカルな感じがよい。
洋の東西問わず私が見た刑事物サスペンスの中では、いまのところ第1位に挙げたいと思う。「羊たちの沈黙」以上の出来と思う。これは文句なしにすばらしい。