12.《ネタバレ》 映画を作る人は、プロデューサー(製作者)、脚本家、監督、編集者、音楽担当者など、いろいろな人がいて、彼らの共同作業で、1本の映画が完成します。
この中で、撮影する人のことは日本では、単にカメラマンと言いますが、海外では「Cinematographer」と言って、これを「カメラマン」と訳してしまうのは、なんだか悲しい気がします。
そして、この映画の撮影をしているCinematographerは、ヴィットリオ・ストラーロです。
撮影一筋に数十年のキャリアを持ち、数々の名作を撮影している人です。
私の大好きな「暗殺の森」、他にも「ラスト・タンゴ・イン・パリ」「地獄の黙示録」「シェルタリング・スカイ」「ラスト・エンペラー」など、錚々たる映画のスタッフとして名を連ねています。
映画を語る時、ついつい脚本や監督(演出)に目がいきがちですが、総合芸術、しかも映像を媒体としての映画というものの特性を考えた時、実はCinematagrapherの存在はとても大きな縁の下の力持ちなのだと思います。
この映画「アガサ/愛の失踪事件」ですが、もし私が邦題をつけるとしたら「アガサ・クリスティー失踪事件」にすると思います。
「アガサ」がすぐに「アガサ・クリスティー」だと連想できる人は、そう多くないと思うからです。
現実に、アガサは、夫に捨てられてしまったショックで11日間失踪したことがあるのだそうです。
夫には他に愛人ができたのです。実によくある話ですが、この映画は、そのアガサ・クリスティーが失踪していた謎の11日間の出来事に焦点を当てて描いています。
アガサ・クリスティーを演じているのは、「裸足のイサドラ」「ジュリア」の英国の名女優ヴァネッサ・レッドグレーヴで、ちょっと神経質そうで上品な初老の超有名作家を見事に演じ切っています。まさにはまり役だと思います。
そして、彼女の失踪を追う、ニューヨークから来た新聞記者スタントンは、「真夜中のカーボーイ」「レインマン」の演技派俳優ダスティン・ホフマン。
公開当時のポスターの名前は、主人公がアガサなのにもかかわらず、ダスティン・ホフマンの方が大きく印刷されていたそうですが、これは単純明快な理由で、ホフマンのギャラの方がレッドグレーヴよりも多かったからだそうです。
それから、アガサの夫アーチボルト大佐は、ご存知007シリーズの4代目ジェームズ・ボンドを演じたティモシー・ダルトンで、舞台出身の曲者俳優らしく、一癖も二癖もありそうな悪役っぽい男を、実に渋く演じています。
彼は、こういう役を演じさせたら、本当に巧いと思います。
さすが主人公がミステリーの女王だけあって、映画もアッと驚く展開が待ち受けていました。
なるほど、そう来たかという感じでした。
全くのフィクションですから、現実にはこんな事はなかったのでしょうけれど、ミステリーの女王が自分自身にもミステリーを仕掛けるというのは、非常に面白くて興味深いものがありました。
1930年代のファッションも楽しめますし、マイケル・アプテッド監督のドキュメンタリー風の演出もいい感じだったと思います。
そして、当然の事ながら、ヴィットリオ・ストラーロの流麗なカメラワークに酔いっぱなしでした。