127.《ネタバレ》 対照的な性格の兄弟間で交わる感情が、一つの事件を通して見事に描かれている。
深層心理にまで関わる心理劇のようで、複雑な人間の心の深淵を覗き見る思い。
兄弟ともに、抑圧された心理がチラっと顔をのぞかせる瞬間が見逃せない。
それが事件の真相への手がかりとなるサスペンスとなっている。
「智恵ちゃん、結構しつこいだろ……酒飲みだすと」
関係を持ったことがバレたかと思った弟は、酒のことかとホッとする。
兄に鎌を掛けられたと知ったのは、後の裁判中でのこと。
兄と弟の心の揺れを浮かびあがらせるような描き方がうまい。
兄弟役の演技も共に良かったが、特に香川照之が素晴らしい。
本作では、何が真実なのか明確には描かれていない。
『羅生門』のように人の主観によって真実が複数存在するようにも見える。
人間の心理を完全に解き明かすのは難しい。
一定のものではないし、本人でさえ気づかない要素もある。
証言に影響を与えた弟の深層心理も、本人は気づいていなかったのだろう。
ラスト、兄は弟の呼びかけに応じてバスに乗らなかったのか、それとも乗って去っていったのか。
これは、兄の心理を解き明かす上で、180度変わってくるところだ。
その解釈は観客に委ねられているが、これは作り手としてズルイと思う。
個人的な見解をいえば、兄はバスに乗って去ると思った。
後で原作も読んだが、小説のラストも明確な描写はないものの、その印象を強くした。
バスに乗らなければ、予定調和的なラストになって作品自体の評価が下がりそう。
あの状況で弟を受け入れるなんて、そんな簡単なものじゃないし、弟に都合がよすぎる。
でも、その結末が描かれていないと、評価のしようがない。
結末を描いてしまえば、バスに乗ってほしい観客とそうでない観客のどちらかが失望する。
都合のいいように受け取ってくださいというのは、ある意味無責任で、都合よく逃げているとも言える。
面白い映画だっただけに、その点が残念でマイナスポイント。