6.《ネタバレ》 たぶん、この施設の現場の人達が平然としていられるのは、100000年ではなく、使命感を持ちながらも生きている間の自分の仕事として、自分の部署としての責任で仕事をしているからだと思います。
自分も全く日々、「自分の仕事」をしているだけの存在にすぎません。
実のところ、原発推進派でも、政治家でも、電力会社の人でも、一個の人間としては善良で家族思いで、人類が滅びれば良いという人はいないと思います。
しかし、日本列島が今の形になって3万年ぐらい、10万年以上も民主主義国家の下で安全に管理できる場所などどこにも無いということは、日本の歴史上でも、政治的な歴史、人類の歴史、地学的にも明白なことです。
原発が出来てたった50年で未来永劫に渡る負債を日本は背負ってしまったのです。
まずは原発をやめること。やめなければ未来は無いこと。やめた上で対処を考えること。
廃棄物が持っている放射能は、家族の一人である前に、誰かの友人恋人である前に、某社の社員である前に、某国の国民である前に、一個の人間である前に、人類の一員である前に、地球の生き物であるという高度な認識を持てるかという問題だと思います。
「生き物の生存」よりも「科学の意義」や「政治家の立場」を優先するのが悲しい人間の性でもあります。
この映画は、人間が考えうるギリギリの対処の仕方を極めて冷静に示してくれます。
まずは「やめること」しかありません。それが人間として極めて冷静な判断だと思います。
「科学」を使うなら錬金術の「もんじゅ」よりも廃棄物を宇宙へ放り出す「軌道エレベータ」のほうが100000年単位で考えればよほど有望です。まずは「やめる」ことです。 やめなければ「生き物」にとって未来はありません。