★1.《ネタバレ》 「バビ・ヤール」とは第二次世界大戦中にユダヤ人の虐殺があったウクライナの地名であり、1941年9月の2日間だけで37,771人が殺されたとされている。 内容としてはアーカイブ映像によるドキュメンタリーで、編集技術もあってか結構な臨場感がある。バビ・ヤールの事件そのものは写真(静止画)だけで、事件前の部分は恐らく主にドイツが宣伝用に撮った映像、事件後の部分はソビエト政権下での戦犯裁判が中心になる。絞首刑で人が死ぬところまでをしっかり撮っていたのはどうかと思うが、そこで大群衆が喝采したのは前近代の遺風かとも思わせる。 なお2022年以降にウクライナの地名からロシア語を排除する風潮が生じる前の映画のため、字幕ではリヴォフ、キエフ、ハリコフなど昔の名前を平気で書いている。そもそも題名からして「バブィン・ヤール」(Бабин Яр)とか書くのが政治的に正しい表記だろうが、英題がBabi Yarなのでそうするしかないともいえる。
原題のContextは意味がよくわからないが、映画はバビ・ヤールの前に起きていたユダヤ人迫害のところから始まるので、バビ・ヤールを単独の事件として捉えずに、当時の現地事情を背景にして理解すべきという意味か。また戦後に現地の地形が改変されるところまで扱っていることから、そのことも含めた文脈を読み取るべきだということかも知れない。 最後に工場の廃液を谷間に流し込んでいたのは、後の1961年に「クレニフカ土砂崩れ」(Kurenivka mudslide)という別の惨事を引き起こしたわけだがそこまで映画には出ていない。しかしこれがユダヤ人迫害に対するソビエト政権の冷淡さを表現したと考えれば、1962年に作曲家ドミトリー・ショスタコーヴィチが交響曲第13番「バビ・ヤール」を発表した動機にも通じることになる。
ところで序盤にリヴォフで起きたユダヤ人迫害の場面は細かい説明がなかったが、これは「リヴィウポグロム」(Lviv pogroms (1941))というものであって、当時ナチスに親和的だった「ウクライナ民族主義者組織」や一般市民も迫害に加わって千人単位の死者を出したとされる事件である。バビ・ヤールの方ではキエフの一般市民が関与したとの話は特になかったが、あえて先行してリヴォフの件に触れたというのは、後のバビ・ヤールにつながるcontextを捉える上で重要と捉えていたからだと思われる。 侵攻して来たドイツ軍が解放者として歓迎されたこと自体は、ソビエトとナチスのどっちがましか、という比較の問題ともいえなくはない。しかしそこで名前の出ていたステパン・バンデラは、2022年以降ロシアがウクライナをナチス呼ばわりする根拠に使われている民族主義者のようなので、この名前をあえてユダヤ人迫害に絡めて出したのは、現在のウクライナにとっては腹立たしいことかも知れない。監督は自国の不評を買っても動じない気骨のある人物らしいが、映画人ならそのくらいで普通か。 【かっぱ堰】さん [インターネット(字幕)] 5点(2024-07-20 10:30:07) |