35.《ネタバレ》 なるほど巷の評価の高いこれは、ジャンルとしては「ロミオとジュリエットの韓国版」というべきものだ。
つまり「障害のある愛」。
ヒロインの障害を指しているのではなく、「愛」に対する障害という意味である。
そして、そのジャンルにおいても、特にこの作品は「当たり前のことは当たり前ではない」ということを表現することに、全力を絞っている。そこに特化している。
「愛への障害」というものはいろいろあるが、「当たり前のことは実は当たり前ではない」ということを表現するにおいて、これほど「濃い」手法というものも、ほかにないだろう。
「濃い」という意味では、「少しわかりやすすぎる」と言えなくもない。
言えなくもないが、他の二番煎じというわけではなく、そして作品に対する情熱は充分に感じられるので、私も、飛びぬけて質の高い作品という評価をしたい。
また、本作で数々の賞を受賞したムン・ソリについては、日本では寺島しのぶくらいしか匹敵する女優がいないであろうと私は思う。韓国の俳優層の厚さを感じる。
個人の好みで言えば、「障害のある愛」ジャンルでいうならば、「ブエノスアイレス」のほうが芸術性で優るとしたい。また、邦画では、くだんの寺島が主演した「やわらかい生活」も、「オアシス」に引けを取らぬものと私はしたい。豊川悦司がフェロモンを全開にしての渾身の演技が光るので。
「オアシス」は優れた作品であるが、足りなかったものがあるとしたら、それはおそらく「フェロモン」であろうと私は思う。
「ブエノスアイレス」におけるレスリー・チャン、「やわらかい生活」におけるトヨエツにあたるものが、ない、といえば、ない。
そもそも「オアシス」において「フェロモン」が必要だったのかというと、必要がなかったのかもしれないが、私はこのジャンルにおいては、ぜひとも男優のフェロモンを求めたい。
ソル・ギョングは優れた演技を見せたが、フェロモンが出ているとはいえない。
どんなテーマを追求しても、「濃い」という点においては、韓国映画ではほぼ共通しているようであり、それはそれで持ち味であるから、単に好みの問題である。
が、「殺人の追憶」におけるような、「かゆいところに手が届かない」程度に薄味な表現というものもまた、共存しているというところが、韓国映画の多様性、奥深さを感じさせるのである。