2.3巻足らずの短編に意欲的に詰め込まれた技法、そして喜怒哀楽の感情の諸相。
表札や鍋やポートレート、蛇口の水滴はことごとく落下することで無声映画の中に音を創出し、対比的な夫婦像・つましい暮らしを示す靴底の穴・模型飛行機・交通事故・金銭といった成瀬流意匠の諸々も巧みにユーモアとペーソスを形づくる。
前半の背景でのどかな風情をみせていた電車が後半には不吉を呼び込み、また前半の子供の喧嘩や居留守中の押し入れ内でコミカルに使われた飛行機が、後半では抒情のアイテムへと変容する。
ショックシーンで用いられるクロースアップ、画面分割、ネガ反転にディストーション。
不意の短いフラッシュバックとして挿入される線香花火、入道雲のショット。
同じく、暗い病床と模型飛行機の滑空の叙情的なオーヴァーラップ。
または洗面器の中で溺れる蠅のショットの悲壮と抽象性。
病室での大胆な表現主義的ライティングによるノワールスタイル。その柔軟で果敢な試行が若々しい。
一方で、病室の息子と夫婦それぞれの顔に注がれる光明は成瀬50年代の絶頂期にも負けぬくらい繊細で美しい。