1.《ネタバレ》 彼女の名は、マレン。まだ18歳になったばかりの何処にでもいるような普通の女の子だ。物心ついたころには母親はおらず、厳格で厳しい父親と2人暮らし、高校でもとくに目立つ存在でもない。そんなマレンだったが、彼女には人とは違う特徴が一つだけ。それは、定期的に人を襲い食べてしまいたいという衝動を抑えられないことだった――。そう、彼女は社会の闇の中に少数ながら存在する〝人喰い〟だったのだ。これまで厳格な父の元でひっそりと暮らしてきたマレンだったが、ある日、また例の衝動を抑えきれなくなってしまう。お泊り会でクラスメイトの指を思わず食べてしまったのだ。当然父とともにすぐさま逃亡。だが、逃亡先の隠れ家で目覚めると唯一の頼れる存在であった父親が、「もうお前の面倒を見るのに疲れてしまった」とのメッセージを残していなくなってしまう。突然のことに途方に暮れるマレンは、母親はデトロイドに居るとの父の言葉だけを頼りにたった一人、旅に出る。途中、同じく〝人喰い〟である青年リーと知り合った彼女は、彼の車で遠く離れたデトロイドへと向かうことに。優しく面倒見のいいリーと旅を続けてゆくうちに、マレンはいつしか彼にほのかな恋心を抱いてゆく……。かつて、同性カップルの刹那的な青春を瑞々しく描いた佳品『君の名前で僕を呼んで』のルカ・グァダニーノ監督とティモシー・シャラメが再びタッグを組んで挑んだのは、そんな人喰い同士の孤独な旅路をリリカルに描いたロード・ムービーでした。一言でいうと物凄く気持ちの悪い映画でしたね、これ。それはグロさとか不快という直截的なものではなく、なんとも言えない良い意味での気持ち悪さ。この作品、物語としては物凄くオーソドックスな青春ロードムービーのように描かれているんです。父に捨てられた女の子が会ったこともない母親を捜して旅に出て、道中で出会った青年と恋に落ち、色んな経験や葛藤を重ねながら成長してゆく……。でも、そんな2人が旅の途中で繰り返すのは殺人と人肉食。しかもそれを2人の恋が深まってゆく絆のように描いている。正直、なんじゃこりゃですよ(笑)。なのに四つん這いになって犬のように人肉を喰らった2人が食後、血だらけで抱き合うシーンとかだんだん愛おしくなってくるから不思議。ここらへん、この監督のセンスがなせる技なんでしょう。そんな2人の間に入ってくる人喰いじいさんの存在も、長年の孤独な生活から心を病んでしまったということが分かりなんとも言えない魅力を放っておりました。そして、ようやく出会えた母親とか、もう夢に出そうなぐらい強烈!最後、どうしようもなくなってしまったマレンがとった文字通り骨まで喰らう愛。これは究極の純愛だと、僕は思う(笑)。とにかく唯一無二のいい意味で気持ちの悪い映画でございました。