8.《ネタバレ》 唐突な話だが、ルノワールの『南部の人』は、死ぬ間際に観たい映画だと思った。
果たして死ぬまでに何本の映画を観るだろうか。勿論、本数の問題ではない。
ならば観るべき映画は観たのだろうか、観ずに死んで後悔する映画はもうないかと。
しかし、そんなことがどうでもよくなる映画、それが、ルノワールの『南部の人』だ。
もうこれを観たのだから、悔いはないだろう。
こんなにも幸福感に包まれた映画などこの世にはないのではないだろうか。
夫婦揃ってベッドで眠るショットにオヴァーラップする綿花畑の美しさや
滅茶苦茶すぎる街の酒場での乱闘シークエンスや
なによりも登場人物の表情ひとつひとつの美しさ
そして生命の力に満ち溢れているではないか。
あばら家に引っ越してきた時に初めて灯るストーブの火。
ここから物語が、この家族の新しい生活が始まる。この美しさに心を揺さぶられるではないか。
その時点ではこのシークエンスのみでの美しさなのだが
ここにただならぬ何かを感じずにはいられない。勿論そこではそれが何かなどわからない。
映画は進み、嵐が畑を無に返す。男はもう無理だ、街へ出ようと決意する。
しかし家に戻ると妻は、「家は大丈夫、そしてストーブも直った」と言う。
そして再び灯るストーブの火。泣ける。泣けて泣けて仕方ないだろう。
冒頭のストーブの火に感じる魅力は生命の力だ。
ルノワールが描きたいこととはそういうことだ。
死の間際、幸福に包まれた生命の力を感じる映画を観る。
こんなにも安らかな最期などないはずだ。
そんなことを思わせる傑作である。