5.フリッツ・ラングの犯罪映画は問答無用の傑作が多い。
アメリカ時代は言わずもがなだが、ドイツ時代も泣く子も黙る傑作・大傑作を幾つか残している。
それがこの「ドクトル・マブゼ」だ。
俺は続編の「怪人マブゼ博士(1932年)」の方が好きだが、この作品も素晴らしい。
前・後半合わせた実に4時間を超える作品だが、スピーディーな展開と持続する緊張の連続は我々を飽きさせない。
ストーリーは一見すると単純な探偵vs悪党の活劇物にも見えるが、物語は第一次大戦で生じたインフレーションによって混乱する人々の様子も巧みに織り込まれているのだ。
今は私腹を肥やすマブゼも、インフレによるどん底から這い上がってきた人間にすぎない。こういったドラマと関係無さそうな部分の掘り下げ。
この丁寧な掘り下げがストーリーをさらに盛り上げてくれる。「カリガリ博士」の制作にも参加したラングだ。「カリガリ博士」で培われたノウハウがこの「ドクトル・マブゼ」に活かされている。
変装と催眠術に長けた天才的な犯罪者マブゼ。重要な株に目を付け莫大な利益を上げるだけでなく、ドイツの経済すらどん底に突き落としてしまう。
更には暴落した株すら買い占めてしまうその恐ろしさ。印刷工場にカジノ。何処までも用意周到な男だ。
アクションそのものは余り派手では無いが、フォン・ヴェンクとドクトルマブゼの心理戦、逃走劇の連続が面白い。
ただ、マブゼの欠点は余りに貪欲すぎた事だ。
その貪欲さが逆に警察たちに糸口をつかませてしまったのではないか。
生きるために金を求め、求めすぎた金によって発狂してしまうマブゼの顛末。
ラング特有の幻想的な雰囲気、突き詰められたサスペンス。犯罪映画の古典と呼ぶに相応しい作品。