172.《ネタバレ》 頭の良いハリーは希釈した盗品のペニシリン密売という道理に反した行為を、わざわざアメリカから呼び寄せたとしても愚直なホリーが首を縦に振ると思っていたのでしょうか。
甘言を与えてはいても観覧車のシーンを見て分かる通り、恐らく本人の代わりとなって墓に埋められたハービンと同様に手駒の一つとして利用して終わりという結末が自然だと思います。
友情関係は幻想で淡い恋愛感情も成就しなかったウィーンは純粋すぎるホリーにとっては敷居が高すぎたと思います。
本作はアントン・カラスのチターの調で始まります。
『The Third Man Theme』は楽器の音色や特性を活かして特出した印象的なメロディーラインを持った名曲だと思いますが殆どのシーンには合っていなかった様に感じました。
映画音楽としてはラウンジのBGM程度にしか使えない印象でした。
また、映像の方ではカメラのレベルを傾けたり、当時としては結構なワイドレンズを使ったり、コントラストや影のパースを強調したりとイギリス映画ですがアメコミの様な大胆なアングルを切っていて単体として見れば単純にかっこ良かったです。
しかし、それらの力の入ったカットとそうではないカットの落差が激しすぎたり、パンフォーカスを狙って何処にもフォーカスが合っていないカットもあり見ていて集中出来なくなったりもします。
もう少し全体的に丁寧に撮っていれば見易くなると同時に前述したカットも活きてきたと思います。
脚本で言えば整合性は殆ど外してはいないのですが、前半の第三の男に迫るミステリーの本筋で問題を解決出来なくてもホリーに不利益が起こらないので緊迫感が全くありません。
その為、見ている私にも緊張感が持てない結果、物語に入り込めずに話を追いかけるだけの作業になってしまいました。
この辺りが高評価の妨げになった最大の原因だったと思います。
唯一、緊迫感があったのは講演会場まで拉致られるサイドストーリー的なシーンでした(ここは面白かったです)。
後半の地下水道という上下左右を構造物で制限された空間での映像的な緊張感が良かったのでストーリーそのものに緊張感がなかった事はとても残念でした。
他にもオーソン・ウェルズのキャスティングや彼の登場シーン、本作のラストシーンなど優れた要素が沢山あると思うのですが凡庸な印象の作品になってしまいました。
負け試合でのホームラン量産みたいな…。
105分というコンパクトなボリュームに仕上げられていますが、作品としては纏まった印象があまりないので映画の教科書というより資料集といった感じでした。