30.《ネタバレ》 「旅芸人の記録」より好きな作品。一切退屈しなかった。
初期の短編「放送」を思わせる軽快な部分も多いし、同時に地平線の彼方に消えてしまいそうな儚さも肌身に感じさせる。ロングショットとクローズアップの構成もほど良い。
冒頭、幼い姉弟が濡れたアスファルトの夜道を駆けて来る。
どうやら二人は先を急ぐらしく、電車に向かって駆けていく。電車の前で人々が通り中々向こうに行けず、ようやく行けると思ったらドアは無情にも閉じられる。
姉のヴーラは、しょんぼりして駅を後にする電車を見つめている。
ヴーラ1人ならともかく、弟のアレクサンドロスの事を思うと無理に人の群れを掻き分けるのは危険に思えたのだろう。実に弟想いな姉ちゃんだ。
二人は、顔も知らない父を探しにあてのない旅に出ようとしている。
2度目は電車に乗る事に成功するが、切符を買う金も満足にない二人は無賃乗車で列車から降ろされてしまう。
バスの兄ちゃんが凄く良い兄貴でさ。ヴーラは、その優しさと疲れた弟を思ってバスに乗り込む。
浜辺での360度パンが美しい。旅芸人の人々と交流し、バイク青年とヴーラたちは一旦別れる。
その次に出会うトラックの運転手の野郎がロリコンクソ野郎で。
布一枚でしきられた荷台、ヴーラの髪は乱れ、手に付いた血が情事を物語る。ヴーラは、女の子から“女”になってしまう。それでも、彼女は静かに涙を流し黙って耐えるのみ。髪は下ろしたままだが、以前のように髪を結ぶのは止め、帽子を被って“隠す”事を選ぶ。どれほどの苦痛が彼女にあった事だろう。
誰にも頼らず、誰にも訴えず。いや、少なくともアレクを守ろうとしているのと同時に、アレク、そしてバイク青年を心の支えにして彼女は耐えたのだろう。
劇的な再会、そしてヴーラが心を開き、青年の胸の中で声を出して泣きじゃくる場面、バイク青年からの想いを断りハイウェイで別れるシーンは何度見ても切ない。
ヴーラも覚悟を決め、弟のために切符代を盗んでまで再び電車へと乗り込む。
夜の川辺で、サーチライトが照らす中を潜り抜ける二人。一瞬響く銃声が、緊張を奔らせる。
霧がたち込める朝方。霧の晴れた先に待つものは・・・本当に素晴らしい映画だった。