1. CODE46
《ネタバレ》 世界観ありきの映画ですね。未来では人の記憶は管理され、心の声にすら解明の手が及んでいる、というヴィジョンは面白い。恋愛の形も捻じれてしまうのだろう。コンピュータが誤動作を起こすのと同じように、人の心に進入したウィルスが望まない行動をする、そんな未来の一片の恋愛物語。アイデアを説明するだけで映画は時間切れに。だから本当のSFは難しい。 [DVD(字幕)] 5点(2005-05-20 09:34:52) |
2. ラブ・アクチュアリー
《ネタバレ》 たまにはこんな映画があって欲しい。まさしくそんな映画。 英国首相がヒュー・グラント!?初っ端のこの配役が笑わせてくれて、いい具合に 肩の力を抜き取ってくれる。登場人物が多いので顔は覚えられないかもしれないけど、 物語は頭に入ってくるので混乱せずに見れる。みんな誰かを愛していて、 ちょっとした困難を抱えていて、だからこそ頑張っている。なんか頑張っちゃうのって いいよね、そんな気分にさせてくれる作品。アメリカに行けばモテる!と 根拠のない期待を持って旅立つイギリス青年の話は「真夜中のカーボーイ」を 連想させた。バーカウンターでアメリカ女性3人に言い寄られるシーンは あまりにも出来すぎていて美人局と思ってしまうが、青年はまんまと彼女を作って 帰国する。このエピソードが映画の最終的なカラーを決定していると思う。 時には信じて突っ走れ、その先には幸せがあるんだよ、この映画は8割くらい本気で 背中を押してくれる。ラストに集められた抱擁シーンは「ニューシネマパラダイス」 を思い起こさせて、幸せな気分に拍車をかける。1回しかない人生、ブレーキばかり 踏んでいたって面白くない、ちょっとくらい能天気にいってみよう! でも友人や家族は大切にしてください、そんなメッセージもしっかり忘れずに含めて くれているあたりが、この作品の優しいところですね。 9点(2004-06-23 06:24:19)(良:5票) |
3. ライフ・オブ・デビッド・ゲイル
よくできた映画でした。最後のオチは読めてしまったものの、そこまで引っ張っていく ストーリーテリングや、スぺイシーの演技には見応えがありました。 しかしやはり腑に落ちない。デビッドたち死刑廃止論者の行為が愚かに思えてならない。 法を変えたいなら法の道へ進めばいい。運動に身を投じ、半ば自爆テロのような方法で 世論を動かそうとするのは無責任ではないのか。「冤罪の悲劇」を「死刑の是非」にすり替えてしまってはいないだろうか。 この映画と併せて「テッド・バンディ」あたりを観てみると、中和されていいかもしれません。 死刑にしても物足りない犯罪者も実在する。 7点(2004-05-20 17:48:32)(笑:1票) |
4. 28日後...
《ネタバレ》 とてもテーマ性の強い作品でした。テーマが先かゾンビが先かわかりませんが、 私には散漫な映画に感じられました。(便宜上、感染者をゾンビと表記します) 序盤のロードムービー的展開はよかったのですが、対軍人において主人公が スーパーマンになってしまうところで、私はこの映画についていけなくなりました。 ゾンビ地獄を生き抜いてきた軍人がなぜ青っ白い主人公一人に壊滅させられるのか。 仲間が囚われている屋敷にゾンビを放つ主人公の配慮の無さはなんなのか。 極限状態で人間の本能が目覚め、野性的な力を発揮しているということなのだろうか。 そこに至るまでの助走が弱いため、流れとしては唐突に跳躍しているように感じられる。 主人公が豹変した姿を観客はゾンビと重ねてみるだろう。その意図はわかるのだけれど・・・ ヒロインが主人公の豹変ぶりに恐怖しながら躊躇する場面も、そこに無理やりはめ込んだ 感があり興醒めした。 ゾンビになってしまったオヤジさんを主人公が殺す等、狂気に走らせる起爆剤が あれば、全体の印象はもう少し違っていたのではないかと思うと残念です。 5点(2004-04-28 15:53:31) |
5. ノー・マンズ・ランド(2001)
《ネタバレ》 メインの登場人物であるボスニアとセルビアの兵士のやりとりは、普通の人間同士の会話であるが、手には銃が握られている。些細な喧嘩さえ、握られた銃により命のやりとりへと発展する。 戦場では、言葉は無意味なのか。押し寄せるマスコミは、目の前で起こっていることをファインダー越しにしか見れない。兵士たちと外野の温度差。撤去不可能な地雷は、戦争の無慈悲さを象徴する。淡々とした描写がフィルムの中の戦場に生温かさを与える、ほんの一場面を切り取ってみせた戦争のカリカチュア。 8点(2004-01-11 00:15:22) |
6. ダンサー・イン・ザ・ダーク
この映画でトリアー監督が見せたかったのはビョークという歌姫であり、脚本から救済の要素を(不自然なくらいに)排してしまったのは、彼女を浮かび上がらせるための仕掛けの一つだと私は受け取りました。映画はフィクションであるからこそ楽しめる側面があり、観客には場面に応じて主観と客観を行き来する自由がある。私はこの映画を観ている間、ビョークのステージを堪能するためにずっと引いた視点で通しました。 全てが悪い方向へ転がり落ちていく現実のシナリオ。対比するのは、ジーン・ケリーやアステアが見せてくれた幸せなミュージカル映画の世界。くっきりした明暗、だからこそビョークの歌声に何かが宿るのを感じられた。しかしメジャーな興行にのせたために多くの純粋な観客を傷つけたことを思うと、手放しに賞賛することが憚られる。手持ちカメラで撮られた現実は三半規管への刺激を蓄積。追い討ちをかける生理的にショッキングな結末。現実のシナリオはひたすらに嘔吐を誘発する。監督が意図して人体の錯覚を利用しているような気がしないでもない。 観る人を選ぶ大人の童話。支持も不支持も、間違いなんかじゃない。 ただ一つ、ミュージカルとしてはダンスのスキルが物足りなかった。 8点(2004-01-10 15:40:51) |