1. さあ帰ろう、ペダルをこいで
車で旅行中の事故で両親を亡くし自身は記憶を失った青年と、 家族の祖国ブルガリアから彼を迎えに来た祖父との記憶を取り戻す2人旅を描くロードムービー。 事故が起こったあの旅行にどんな意味があったのか。それは作品に挿入される過去が少しずつ明らかにしていく。 青年が幼い頃からの過去の出来事、家族の歴史が頻繁に挿入される。 この家族の歴史は、ソビエトの影響下に置かれた東欧諸国の多くの市民が経験してきた歴史そのものであり、 自由を求めて西側に亡命しても、即自由を謳歌できる暮らしが待っているわけではない。 こうした頻繁な過去の挿入が作品のテンポを悪くし、失敗するケースもあるのですが、本作はそれが本当にうまく機能しています。 そして本作で最も欠かせないのがバックギャモン。正直、ゲームのルールは見ていてもよく分からなかった。 しかし、「人生はサイコロと同じ。どんな目が出るかそれは運と自分の才覚しだいだ。」この祖父の教えが全てを表しており、 2人で力を合わせて故郷を目指しペダルをこぐタンデム自転車の旅そのものが祖父の教えでもある。 その祖父を演じた、巨匠クストリッツァ作品に欠かせない旧ユーゴスラビア出身のマノイロヴィッチの味わい深い演技が素晴らしい。 原題の意味もすごくよく分かるし、この邦題もまた素晴らしい。ロードムービーの佳作です。 [DVD(字幕)] 8点(2020-12-06 16:36:05) |
2. アンダーグラウンド(1995)
《ネタバレ》 第2次大戦から冷戦の時代を経て、製作当時にはまだまだ燻っていた内戦に至るまで、 クストリッツァの祖国の、争いを抜きに語れない悲しき現代史を、登場人物の人生に重ね合わせ一気に見せる叙事詩。 いつの間にやって来たのか、クストリッツァ映画のレギュラーとも言える大勢の人物に紛れ登場する楽団が奏でる賑やかなジプシーブラスは クストリッツァならではの力強い人間描写と共に時に陽気にコミカルに、過酷な中にも日々を懸命に生きる人々を称える人間賛歌でもありますが 時にはその人間模様が狂気じみても見え、時には何とも滑稽にも見えます。人間と戦争を彼らしい描き方で強烈に皮肉り風刺する。 賑やかな音楽と共に彼の映画に欠かせないのが動物ですが、本作ではその動物たちが空襲により傷つき血を流し死んでいく様も描かれます。 登場する人間達が放つ強烈なまでに人間臭さを感じさせる個性、 全てのシーンにみなぎる力強さとスケールの大きさに圧倒される3時間はあっという間に過ぎていく。 クストリッツァらしく賑やかな結婚式のラストですが、賑やかな宴の一団のいる陸地は分断され不安定に漂っているように見える。 祖国ユーゴスラビアもまたいくつにも分断し、今後どうなっていくのだろう? 「この物語に終わりはない」というラストもまた考えさせられる。 「映画の持つチカラ」というものをとても強く感じる作品です。 クストリッツァという人を知るにはやはりこの映画だと思うし、彼の最高傑作であると思います。 [DVD(字幕)] 10点(2017-12-27 16:25:15)(良:1票) |
3. 暗い日曜日
《ネタバレ》 名曲「暗い日曜日」まつわるエピソードは聞いたことがありましたが、 その曲をモチーフにした、こんなストーリーがあったとは・・・。 あまりにも美しい1人の女と3人の男。それぞれの人物像と、彼らの心の配置が見事という他に無い。 戦争の時代を描いたドイツの映画特有の重さはあるのですが、 「暗い日曜日」の旋律の如く美しく悲しく、そしてエロティックでサスペンスフルで、何と上品な映画か。 3人の男のうち2人は戦争中に命を落とす。しかし、イロナには新しい命が宿っている。 ラストで作品は冒頭に続く現代に戻る。60年の時を経ての3人目の死。あの店で、あの曲が流れている中で・・・。 店の奥で息子が母の誕生日を祝っている。洪水の後も、彼女は洪水を忘れることなく力強く生き抜いたのであろう。 とても静かですが、重みを感じさせるラスト。そして常に死を感じさせる作品でありながら、 鑑賞後の後味は上質のワインでも味わった後のような余韻が残ります。 [CS・衛星(字幕)] 9点(2016-11-20 16:36:38) |
4. 敬愛なるベートーヴェン
《ネタバレ》 僕はクラシック音楽にはそんなに興味が無いのですが、ベートーヴェンと言えば気難しく、様々な苦悩を抱えた孤高の作曲家というイメージがありました。本作に描かれるのは第九完成前後の晩年のベートーヴェンであり、どこまでその実像に迫っているのかは分かりませんが、何となく僕がイメージしていたベートーヴェンと重なる部分が多かった。 ベートーヴェンと、もう1人の主役と言っていいアンナの常に緊張感のある距離感は良かったですが、アンナに甥カールとの関係などの描き方が中途半端なのが惜しいです。 第九の初演が最大の見せ場であり期待通りの見応えがありましたが、これが中盤に挿入されているのは意外でした。やはり作品的にはこれを最終盤に持ってくる方が良かったような気がしますが・・・。 [CS・衛星(字幕)] 6点(2012-12-30 13:30:30) |
5. クリスマス・キャロル ザ・ミュージカル〈TVM〉
90分に満たない小品でありTV用に作られた作品ながら、映画館で見たい!と思わされるほどのクオリティの高さをほこるミュージカル。 基本的に人間の善良さが描かれる事が多いクリスマス映画は好きなジャンルであり、ミュージカルとの相性もいいですね。 大通りの隅から隅まで、さらにその奥の路地に至るまで、クリスマスを控えた人々の高揚感が伝わってくる冒頭の町の描写から素晴らしい。 台詞が全て歌の「シェルブールの雨傘」ほどではないですが、台詞の実に多くが歌になっている本格的なミュージカル映画です。ダンスが絡むシーンも楽しく、ディズニー映画でお馴染みのアラン・メンケンの音楽も、スクルージを演じたケルシー・グラマーから子ども達(みんな表情がイイ!)に至るまでキャストも皆が素晴らしい仕事をしている。 悪人も、悪人ぶっている人間も、みんな生まれたときからそうだった訳じゃない。全ての人間が本来持ち得る善良さを表現する歌の数々も素晴らしいミュージカルです。 [DVD(字幕)] 9点(2012-06-25 20:50:23)(良:1票) |
6. 黄色い星の子供たち
《ネタバレ》 史実に基づくこの題材のヨーロッパ映画だけに見る前から覚悟はしていましたが、重い映画でした。しかし、いい映画でした。見てよかったと思います。 妥協せず歴史を伝えようという意思が感じられる厳しい演出だったと思います。それは本来は市民を守るべき存在である筈のフランス警察の描写ついても。少しずつ顔や服が汚れていき、やつれていく。列車に乗せられ、二度と戻ってこなかった人々を演じた全ての俳優、子どもたちが素晴らしい演技でした。そして以前から綺麗な女優さんだと思っていましたが、メラニー・ロラン、いい女優さんだと思いました。 フランス国内では全ての人が知っているのであろう、ナチス占領下の仏国内で1942年に行われた1万人以上に上るユダヤ人の一斉検挙。そのほとんどが生還できなかったという。僕は本作を通してこの史実を知り、記憶に刻み込まれることになった。これも映画の持つ大きなチカラなんだと思う。 [映画館(字幕)] 9点(2011-09-08 18:28:17)(良:1票) |
7. シラノ・ド・ベルジュラック(1990)
《ネタバレ》 剣の達人にして詩人。まさに文武両道の誇り高き男シラノ。冒頭の決闘の中で装飾品も身に付けない田舎者と馬鹿にされたシラノの「私の飾りは心の中にある。私は心の手入れを怠らないのさ」という台詞がシラノをよく表しています。 そんな男にも容姿というコンプレックスがあり、愛する女への思いの丈を詩にしてもそれを告白する事ができない。もう一人容姿端麗な男クリスチャン。そんな男にも無学というコンプレックスがあり、愛する女に告白する事ができない。同じ女を愛した2人の男の心の機微を見事に描いた人間ドラマです。 クリスチャンの外見を借り、思いの丈を綴り続けるシラノのこの女への純情を演じるドパルデューが極上の素晴らしい演技をみせる。思いの丈を言葉にする滑らかなフランス語の響きが実に美しい。字幕でどれ程本作の台詞の美しさが理解できているのかという疑問も残りますが、本作の日本語字幕もまた素晴らしいと思いました。多様な表現方法を持つ日本語の美しさも再認識。 最後に手紙の主の正体を悟る女。以降ラストまでのドパルデューの演技は圧巻。なかなか味わえない哀しき余韻が残るシラノの人生のハッピーエンドでした。 [ビデオ(字幕)] 9点(2011-08-06 22:06:50)(良:2票) |
8. ミス・アリゾナ
後に人生を共にする男と女がクラブに出演する歌手や芸人のオーディションで初めて出会うのが1920年。そこから戦争の時代まで、ヨーロッパ全土を覆う戦争の暗い影、特にユダヤ系の人々にとっての受難の時代を、2人を中心にしたステージと人間模様を描く事で見せるドラマ。この2人の周りに登場する友人や平和な暮らしを乱す者たちとのドラマとしては弱いものの、この頃のマストロヤンニが見せる円熟味のある演技は本作でも素晴らしく、シンガーとしての側面も持つシグラのステージと、主演2人の持ち味は十分味わえる作品。前半の”アリゾナ・トリオ”としての売れない時代のドサ周りの楽しいステージに、後半に開業し成功を収めたクラブ”アリゾナ”の華やかなステージは音楽の素晴らしさもあり、いずれももっとじっくりと見せて欲しいと思わされるものでした。 [ビデオ(字幕)] 6点(2011-05-31 23:57:57) |
9. JUNO/ジュノ
ジュノと彼女を取り巻く両親に里親夫婦にボーイフレンドといった登場人物の設定がよく考えられていて、軽くサラリと描かれてはいますが、ジュノと彼女を取り巻くこれらの人々との触れ合いが短い尺の中にもしっかり描かれていてよく出来た人間ドラマでした。素朴でやさしさを感じさせてくれる音楽も作品によく合っていて良かったです。しかし、ジュノが悩み自問自答しながらも最終的に自分の子どもを里親に出すという選択をするのなら理解出来ますが、こういうテーマを取り上げたからにはもう少し新しい命を授かるということの重みについても描かれていて欲しかったと思います。 [DVD(字幕)] 5点(2010-06-28 21:56:16)(良:1票) |
10. 人生に乾杯!
《ネタバレ》 ハンガリーという国の事情はほとんど知りませんが、ハンガリーの高齢者や年金の政策に対する批判精神を随所に見せながら、罪を重ねながらクルマで旅をする様はハンガリーの老夫婦版“ボニ―&クライド”のようでもあり(ただし銃は持っているけど人は殺さない)、ニューシネマへのオマージュも感じられる映画でした。 それだけに結末が何となく分かるだけに、ほのぼのとした痛快さがありながらもこの老夫婦の罪を重ねながらの逃避行が悲しく見えました。しかし、少し悲しくも心温まる夫婦愛の話でもありました。 これだけ罪を重ねているにも関わらず終盤までは大掛かりに捜査網が敷かれず、追う刑事はお約束なのですがドジだけど人間味がある。しかしこうした映画はきっとこれでいいのでしょう。最後は忘れかけていた冒頭の二人が出会った時の続きをほんの少しだけそっと見せてくれたのも良かったです。 [映画館(字幕)] 6点(2010-06-16 00:25:07) |
11. サイドウェイ
《ネタバレ》 恐らくは自分と同じアラフォー世代と思われる、正反対の性格の二人のダメ男のトホホな珍道中。でも、観ていて何かこの二人がうらやましくもあった。Sideways…脇道とかそういう意味らしいですが、昔からの親友と1週間くらいちょっと脇道にそれてこんな旅も悪くないなあ、なんて思いながら観ていました。ラストはあの後どうなったんでしょうね。ジアマッティがノックしたドアの向こうにはきっと幸せが待っていると思いたいですね。でも、あのノックが空振りに終わってもきっとこの旅をきっかけに彼はいい方向に変わっていけるはず。そんな人生のホロ苦さとささやかな希望を感じさせてくれる、鑑賞後にいい余韻を残してくれる作品でした。 [映画館(字幕)] 6点(2009-11-18 21:06:15)(良:1票) |