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あにやん‍🌈さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

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コメント数 2517
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ホームページ http://coco.to/author/aniyan_otakoji
自己紹介 レビューを相当サボってしまってるの、単に面倒になっちゃってるからなんですよね。トシのせいか、色々とメンド臭くなっちゃって。
映画自体、コロナ禍以降そんなに見に行かなくなったのだけど、それでも年に70~80本は見てるワケで(でも今年は50本行かないかな?)、レビュー書けよ自分、って思ってる、でもなんか書かない、みたいな。
これからは今までよりも短文でレビューを上げてゆきたいな、と思う次第であります・・・微妙だけど。.

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1.  MONDAYS このタイムループ、上司に気づかせないと終わらない 《ネタバレ》 
 『カラダ探し』に続くタイムループもの。アチラがタイムループの繰り返し表現が少ないためにタイムループものとしての面白味が欠けていたのに対して、コチラは繰り返し表現がちょっとクド過ぎてゲンナリしちゃう感じがあって。ちょうどいいバランスって難しいわね。劇中で『ハッピー・デス・デイ』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』、そして『恋はデジャ・ブ』に触れているくらいなので十分に研究してはいるんでしょうけれど。   でもコチラは「仕事」をテーマに楽しい映画に仕上がっているわ。   職場で繰り返されている一週間。映画の最初の時点で月曜日から同じ一週間を繰り返していることに気づいている社員が2人いて、いかにみんなに気付かせるか、そして原因と思われる部長に気付かせてタイムループから抜け出すかが明確になっていて。  全員がタイムループしてるって解釈は新しいかも。タイムループものって大体1人~3人くらいだけが時間の流れから取り残されてる、って設定のものが殆どだから。でも逆に2人(正確にはごにょごにょ・・・だけど)はみんなループしてるってどうして判断できたのかしら? ヘタしたら世界全体がループしてたのかしら? そこら辺は気にすんな、ってコト?   ヒロインが気付いてから映画が具体的に動き出すのだけれど、職場の序列に従って段階的に上に気付かせてゆく流れが面白く、部長に判らせるためにプレゼンしてみせるあたりは面白さの最高潮ね。ここはループの描写をキレイに省略、簡潔化して笑いに転化させていてお見事。そこで解決に至らず新たな展開になってからは少しシリアスになって映画の温度がちょっと下がっちゃった気がしないでもなく。  でもみんながループに気付いて同じ週を繰り返すうちにどんどん仕事が円滑に進むようになり「絵」も巧くなってゆく、協力して仕事を成し遂げてゆく感じが良いわ。   個人とチームとプライベートと仕事。この身近にして多くの人を悩ませる素材に対してこの映画が描いた姿は必ずしも正解とは言えないけれど(その理想はブラック企業的な面もあるわ)、仕事を生きる人たちには何かしら感じるモノがある映画ね。
[映画館(邦画)] 7点(2022-11-08 14:07:43)(良:1票)
2.  マイ・ブロークン・マリコ 《ネタバレ》 
 海を目指す二人(一人は骨壺の中だけれど)のロードムービー。   幼い頃から一緒で、その痛みや苦しみに寄り添っていたトモヨだからマリコの死はそのままトモヨ自身の一部が死んだも同然で。突如自分の一部に勝手に死なれたトモヨの、これはそこから前向きに、ではなくて生と死のハザマ、境界線でパワフルに彷徨い足掻きまくる姿を描いた映画。  それでも人生は素晴らしいとか、生きることに価値があるとか、そういうのとりあえず無し。地獄のようなマリコの生に対してそんな言葉は無意味だし。理不尽な運命に抗えずに流れ流されて終わってしまったマリコの人生に対する悲しみとか怒りとかやるせなさとか無念さとか後悔とか、そういうのがバーン!って弾けて散らばって、生きるにしろ死ぬにしろとりあえず突き動かされて突き進んでゆくトモヨを永野芽郁さんが好演してるわ。不機嫌がデフォみたいな表情が魅力的ね。   途中で出会い、何かとトモヨを助けてくれるマキオ、でもちょっとだけ語られる過去から彼はあちら側の世界の存在としてトモヨをフォローしているような感じがするの。幽霊というワケではないけれど、まるで生と死のハザマの住人みたいな。   マリコにあてつけるように後追いまでしようとするトモヨだけどその姿はあくまでアクティブに生きてるって感じでよく食べて大泣きして鼻水たらしてよく寝て走って酔っ払ってクダ巻いて、本人の意識とは別に生を体現しちゃってるのね。寄り添いながら決して動くことのない死んじゃったマリコとは違って。   マリコの父親はどうしようもないクズなのでマリコの死を悲しんだり再婚相手からマリコへの仕打ちを責められる描写は要らないんじゃない?って思ったわ。彼もまた弱い人間なのです、みたい言い訳がましさが何かの救いになるワケでもないし。   見ていて思ったのはこれって黒沢清監督作品みたい、ってこと。こちら側とあちら側、その境界線を彷徨う物語。これはもちろんホラーじゃないけど。っていうかでも『岸辺の旅』っぽいわ。   日常に戻ったトモヨに何か変化が訪れた、明るい未来が見えた、そんなカンタンな優しいオチは無いけれど、それでもトモヨの生はとりあえずもう少し続いてゆく、まあそれでいいのよね。
[映画館(邦画)] 8点(2022-10-12 21:02:57)
3.  マトリックス レザレクションズ 《ネタバレ》 
 ただの焼き直しだったり一作目に比べて極端に精彩を欠いてたりとかしてたらヤだなぁっていう不安と、新しいマトリックスの物語が見られるっていう期待と。見終っての感想としては、前者と後者の印象が4:6くらいの割合だったので6点ね。  前者についてはきっと作ってる側もかなり意識したのよね、3部作をメタ化する事で作ってる側の心情の吐露とかホンネとか言い訳とかにも思わせて楽しませてくれたし、後者は結局なんだったのよ?ふざけてんの?って状態だった『レボリューション』を仕切り直してネオとトリニティの更なる物語を見せてくれたし。   ただ、いくら言い訳しても茶化しても精彩の欠きっぷりは如何ともし難いわ。映像表現と美術と音楽、明らかにレベルダウンしてるわ。一作目の独特なフィルムノワール感は失われて最近のCGいっぱい使ってます系映画の中に埋もれてしまうようなフツーなカンジになって。アクションも一作目こそが元祖で以降多くの作品で真似されたけれど、本家ですらそこに及ばなくて残念ね。  クライマックスなんてラナ監督ってばゾンビ映画やりたかったのねぇ、って。大したデキでもなかった『新感染半島 ファイナル・ステージ』のクライマックスの再現したかったのかしら?みたいな(カーチェイスとゾンビね)。  モーフィアスはメタ発言ばっかりで軽過ぎだし、スミスは妙に人間臭くなって喋り過ぎだし。  そうね、この映画、デキの悪いアニメみたいに設定をセリフで説明しまくりだわ。それだけ説明しなければならないほど、『レボリューション』で世界をややこしい事にしちゃってたっていうのもあるんでしょうけれど、仕切り直しに時間かけ過ぎね。押井守のウザいトコまで真似しなくていいのよ?   でも一作目の映像表現の最大の見せ場だったバレットタイムをキーワードに時間を操られたサスペンスシーンは見ていて面白かったし、女性艦長の活躍やトリニティの覚醒等、ラナ監督の変遷を感じられて良かったわ。ネオとトリニティの関係はちょっと某古典SFを思わせたりもしたけれど。   何かと不満はあるけれど、でも『リローデッド』以降そーんなには褒められたモンでもなかった気もするので、これもまあそんなモンよ、ってところ。
[映画館(字幕)] 6点(2021-12-21 20:39:15)
4.  魔女見習いをさがして 《ネタバレ》 
 『おジャ魔女どれみ』シリーズを見て育った世代を通して(アタシはその時点で十分に育ちきってたけど)、子供の頃から今まで経てきた時間、そしてこれから生きてゆく時間について描いた映画。主役は3人の魔法の無いリアルを生きる女性で、作品世界としては『どれみ』と直接的な繋がりはほぼナシね。  まだ若いけれども人生どんづまり気味の3人が『どれみ』を通じて知り合って、意気投合して、でもケンカしたりもして、お互いが大切な存在になってゆく姿は感動的だし、『どれみ』に思い入れがあればその感動は更に大きなものになるわ。   ただし問題はいっぱい。これって「あー感動した」で済ませていいの?っていう。  まず、3人以外の登場人物が3人のドラマを描くためのダシでしかないのよね。レイカのクソ野郎な彼氏にしろ、ミレの会社のバカ達にしろ、ソラが告白する男にしろ、きちっとハナシにケリを付けずにほっぽりだすだけなのよね。それがたとえロクでもない存在であってもドラマとして雑だわ。  でも、いくらなんでもレイカのお父さん周りの描写に関しては雑過ぎるでしょ。お父さん、もう余命幾ばくもないのは明らかよね。再婚相手とまだ幼い娘がいて、当然そこにはレイカと母親の姿を投影していいハズなのよ。なのにそこはドラマにはせずにほったらかしで終了。あの母娘は映画の中で全く救われないの。  レイカはクソ野郎を捨てた直後にほいほいと東京のミレの元に行ってしまうけれど、いきなり辞められたバイト先のお好み焼き屋はどうなったのかしら?  ミレも会社をさっくり辞めたけれど、なんで前の上司に辞表出したの? 彼女の役職だと辞表じゃなくて退職願じゃなくて? レイカ同様いきなり辞めちゃえるモノ?   そして、そういう雑さの上で彼女達の選択って、過去の嫌なしがらみは全部切り捨てて、好きな者同士だけで閉ざされた世界を作ってそこで生きていきましょう、って結論なのよね。それでいいのかしら? 飛び立ってゆくどれみ達の姿とは裏腹に随分と内向きじゃなくて?   このところ、海外アニメーションの名作、傑作が次々と公開されて、それらに慣れた目にこの映画は良くも悪くも「アニメねぇ」って感じなのだけど、そしてその記号的アニメ表現は『どれみ』準拠なのは当たり前なのでしょうけれど、未来を指向する作品なのに先に進めてない、むしろ後退してると思うの。『どれみ』ノスタルジーならばそれでもいいのかもしれない、でも2020年という今にアニメという日本独自の文化がどういう道を選択すべきなのか、って点に関して、ちょっと無自覚過ぎる気がするのよね。御大やパヤオの嘆きも判んないコトもないわね。
[映画館(邦画)] 6点(2020-11-20 15:57:27)(良:1票)
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