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やましんの巻さんの口コミ一覧[この方をお気に入り登録する

プロフィール
コメント数 731
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自己紹介 奥さんと長男との3人家族。ただの映画好きオヤジです。

好きな映画はジョン・フォードのすべての映画です。

どうぞよろしくお願いします。


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人生いろいろ、映画もいろいろ。みんなちがって、みんないい。


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1.  ミリオンダラー・ベイビー 《ネタバレ》 
母親に家を贈ったものの、「こんなものより金をよこせ!」と毒づかれたヒラリー・スワンク演じるヒロイン。傷心の彼女は故郷からの帰り、イーストウッドの老トレーナーに「あたしには、もうあなただけ」と言う。ふたりは、老トレーナーが大好物のレモンパイが美味しい店に立ち寄る。そしてひとくちほおばった彼は、「もう死んでもいい…」とつぶやくのだ。  それは、もちろんレモンパイの美味しさに対してのつぶやきではあるだろう。けれどぼくたちは確信する。それが、「あたしには、もうあなただけ」というヒロインのひと言に呼応するものであったことを…。  イーストウッドはこれを、「父と娘のラブストーリーだ」と言う。つまり、それぞれ相手の中に「父親」と「娘」を見出していく主人公たちの“精神的な絆”と、その精神的な「愛」を描いたものだ、ということか。けれど映画を見終わってぼく(たち)は思うのだ。いや、違う。これは、「父親」のような男と「娘」のような女の「ラブストーリー」以外の何物でもない、と。「女がボクシングなんて!」とまったく相手にされなかった彼女が、それでもこの老トレーナーだけを頼りにした時から、すでにふたりは愛しあっていた。だから彼女は、まるで生を燃焼し尽くすように戦い続けたのだ。自分のためじゃなく、老トレーナーのために。彼のため、一刻もはやく「年老いる」ために!   …年老いることを、「死を目前にした肉体と精神」あるいは「死へとなだれ込んでいく状態」と定義するなら、全身マヒで寝たきりになった彼女は、もはや老トレーナー以上に「年老いた」存在に他ならない。そして彼女は、ある意味こうなることを望んでいたのではないか。何故ならこのふたりは、そういうかたちでしか「愛」を成就できなかったからだ(「父」と「娘」ではなく、ひとりの「男」と「女」になるための試練…)。確かにそれは悲劇的で残酷な結末かもしれない、けれどその時、誰がこのふたりを「不幸」だなどと言えるだろう。  ゆえに、最後に老トレーナーがとった行為は、決して社会的倫理的に“許されざるもの”ではあり得ない。あれは、まさしくひとつの、絶対的な「愛の行為」であり、ふたりが“ひとつ”になった瞬間なのだ。  そう、これは74歳のイーストウッドだからこそ撮れ、演じ得た、唯一無二のラブストーリーである。ただただ、素晴らしい。
[映画館(字幕)] 10点(2005-05-31 14:06:03)(良:8票)
2.  Mr.インクレディブル 《ネタバレ》 
世論の圧力(!)で引退を余儀なくされた元スーパーヒーローが、夜な夜なかつての仲間と人命救助なんかをコソコソとやっている…。このくだりに大笑いしながら、確信しましたです。うん、間違いない、これは単なるアニメを超えて、現代アメリカ映画におけるエポックメーキングたり得る大傑作だ! と。  正義のヒーローが、その圧倒的なパワーゆえに人々から敬遠され、“リストラ”される。誰もが「平等」であるべき社会にとって、彼らは許されざる者たちだっ! …これまで、ヒーロー礼賛を繰り返して飽くことを知らなかったアメリカ映画にあって、こういうカタチでその存在を“否定”する作品が(それも「子ども向け」アニメで!)現れるなんて。しかも、スーパーパワーという「個性」の発揮を抑圧された弟の鬱屈や、その「個性」ゆえに“自分は他の人と違う”と引っ込み思案な姉、そして、そんな夫や子どもたちに頭を悩ませる妻…と、ここには、思春期の問題やら、個性の画一化やら、家庭の事情といった、様々な〈主題〉が見事に織り込まれ、それぞれの日常がきっちりと画き込まれている。繰り返すけれど、それもあくまで「(一応は)子ども向け」アニメーションとして、だ。  彼らを危機に落とし入れる、主人公の崇拝者だった元「オタク」少年の屈折したキャラクターを含め、本作の人物造型は、昨今のどのジャンルの作品以上に錬り込まれ、アニメ的誇張を施されているとはいえ「リアル」な説得力に満ちている。その上で、アクション/ファンタジー/アドヴェンチャーの面白さを損なうことなく、万人向けのエンターテインメントとして成立させた、その何という力わざだろう。  「家族愛」と言うより、これは正しく「個性的であること」、それを発揮できることの大切さを、きわめてソフィスティケートに展開してみせた映画に他ならない。…どなたかもおっしゃっておられたように、ぼくも、ブラッド・バード監督はこの作品によって完全に「宮崎駿を越えた」と思います。脱帽!!
10点(2005-01-21 12:58:21)(良:6票)
3.  港祭りに来た男
マキノ雅弘の映画は、いつも「にじんで」いる。笑いがにじんでいる。涙がにじんでいる。情感がにじんでいる。諦観がにじんでいる。まごころがにじんでいる。優しさがにじんでいる。人の強さが、弱さがにじんでいる。日本らしい風景がにじんでいる。…それは、外国人がオズやミゾグチの映画に見出す「日本」とはちがう、はるか昔から連綿と受け継がれてきた「日本(人)そのもの」がそこにあるのだ、と言っていいだろうか。オズやミゾグチは確かに“汎世界的(!)”に偉大だろう。けれど、マキノは何より“日本のこころ”そのものとして、真に偉大な存在なのだと思う。…たとえば、この映画だ。藩主に愛する女性を奪われた漁師が、彼女を取り戻そうと、居合い抜きの達人となってふたたび故郷に戻ってくる。しかし待っているのは、愛する者たちの「死」でしかなかった…という笠原和夫の脚本は、まるで西洋の騎士道ロマンスもののように直線的な「悲劇性」に貫かれている(同じく彼の脚本作『総長賭博』が、まさしくそうだったように)。しかし、この映画を見る者は、そこに荘重な劇的展開ではなく、祭りの囃子の物悲しい調べや唄声を、主人公たちの伏し目がちな所作を、牽牛と織女のように(題名の「港祭り」とは七夕祭りのことだ)主人公たちはあの世で結ばれたのだと自分に言い聞かせるかのような“なぐさめ”を見て、感じて、ただ涙するばかりだろう。…こういう映画を前にすると、本当に素晴らしい作品は、才能でも技術でもなく、作り手と観客との〈間〉で成立する「魂の共鳴作用」ゆえに成立するのだと、ぼくなどは確信する次第です。ビデオがあるかどうかは知らないけれど、テレビででも放映することがあるならぜひご覧になってください。もちろん、他のすべての「マキノ作品」も同様に。
10点(2004-04-06 21:16:42)(良:1票)
4.  ミシェル・ヴァイヨン
クルマの免許も持っていない者としては、「俺、何でこんな映画見てんだろ…」と、ぼう然自失の数十分(泪)。でもまあ、ヒロインも、悪役のねーちゃんコンビも、思わずヨダレじゅるじゅるの超べっぴんさんだったし。それに、どなたかもおっしゃっておられたように、ストーリーは「ギャフン」ものなんだけど、単なるグラフィックなだけじゃない映像センスがところどころに感じられたあたり、この新人監督、(ベッソンなんぞと組まなきゃ!)まったくダメってワケでもないかな。…ま、それもこれも、主人公の親父の誘拐とその救出劇のいい加減さを筆頭とする、脚本のアタマの悪さがすべてを台無しにしてくれたけれど。
5点(2004-01-17 19:16:47)
5.  ミスティック・リバー
事件のすべての真相が明らかになり、物語が一応の「結末」を見た後、映画はあたかもエピローグのごとき短いシーンを用意する。それは街の感謝祭の日のパレードで、そこには映画の主要人物たちが一堂に介するのだ(ただ1人を除いて…)。そして、そこでマーシャ・ゲイ・ハーデンが、パレードに参加している自分の幼い息子の名前を呼び、手を振る。声に気づいたのか、きょろきょろと見回す息子…。この映画の中で、誰もが何か取り返しようのない「間違い」を犯している。それがひとつの殺人事件を“複雑”なものにしていくのだけれど、中でも、いちばんその「間違い」によって一生を苦悩の中に生きねばならないのが、たぶんマーシャが演じるこの彼女だろう。そんな彼女が映画の最後に見せた哀れて痛ましい姿に、文字通り魂がペシャンコに潰れる想いがしたのは、きっとぼくだけじゃあるまい。物語の中心にある事件は、まさにひとつの“悲劇”だが、それ以上の“地獄”を、イ-ストウッド監督はマーシャ・ゲイ・ハーデンの役柄に描き出してみせる。一体、これまでの映画にあって、ここまで残酷で、悲痛で、過酷な「深淵」をありありと見せつけるものなどあったろうか。ベルイマンやシュトロハイムですら、ここまでの凄みと痛みを与える作品は作り得なかったとぼくは断言したい。…確かにショーン・ペンをはじめとする役者たちの演技も、25年の時を経て繰り広げられる運命的な巡り会いを緻密にドラマ化した脚本も、文句なしに素晴らしいと思う。けれどそれ以上に、このパレードのシーンを、最後に、しかもあくまでさりげなく置いてみせたクリント・イーストウッドにこそ、ぼくは畏怖する。これを、イーストウッドの作品だからとか、ミステリーだからとか“色眼鏡”でもって見ることだけはやめてほしい。これほどの映画は(いや、他のどの芸術ジャンルにおいても!)そうはない。いや、もはや唯一無二だとすら言ってもいい。当然の満点です。
10点(2004-01-14 18:39:24)(良:6票)
6.  水のないプール
クロロホルムで眠らせた女性を犯した後、気づかずに眠り続ける彼女のために食事の用意したりする男。笑いながらも、妙に切なくなりました。犯罪的ではあるけれど、こんな愛のカタチがあってもいいじゃないか…と言う現代の「オトナのおとぎ話」でありました。内田裕也は、ほんと日本のセルジュ・ゲンズブールですなあ。
8点(2003-11-25 17:10:47)
7.  右側に気をつけろ
いつもながらにキキカイカイ(奇々怪々/喜々快々)な、ゴダ-ル先生の映画。それにしても本作、いつも以上にヘンテコです。先生ご本人が出演され、「今日中に映画を撮らねばならない」と宣告されて右往左往のドタバタ劇を演じたり、何の脈絡もなくリタ・ミツコのレコ-ディング風景がくり返されたり、いきなりジェーン・バーキンがスポーツカーに乗って現れて、「?」なコントを繰り広げたり…と、とりとめのない映像と音響がどこまでもコラージュされていくだけ。ハッキリ言って、お世辞にも「面白い」作品とは言えないでしょう(でも、ゴダ-ル作品に「面白さ」を求めるヒトなんているのだろうか…)。ただこの映画、どうか大きめのモニターで1日中エンドレスに流しつつ、メシ食ったり、本を読んだりしながらその合間にチラチラとご覧いただきたい。すると、これがクセになるほど心地よいのですよ! 偉大なるJLGを”環境ビデオ”扱いするなんて、とヒンシュクを買いそうだけど、この映画がゴダ-ル流「日常の中の冒険」譚であるなら、実はもっともふさわしい鑑賞法じゃないでしょうか。そうして見た本作は、類稀な「美」と「親密さ」を感じさせてくれることでしょう…たぶん。
9点(2003-11-25 16:56:23)(良:1票)
8.  ミート・ザ・ペアレンツ
あの不憫な猫と、やっぱり不憫なオーウェン・ウィルソンに、ナミダが出るほど笑わせていただきました。あ、それとPPMのナツメロ「パフ」をめぐるやりとりもね。ファレリ-兄弟の映画とも違う「正統派」なコメディとして、よく出来ていると思いましたけどね。賛否はあるけど、デ・ニーロのイヂリ方なんか悪くないし。ただ、ベン・スティラーの神経症的風貌がこの手のドタバタ喜劇にはちょっとふさわしくないような…。『ズーランダー』あたりならドンピシャなんだけどなあ。
7点(2003-11-25 16:28:14)
9.  ミッドナイト・ラン
こういう作品に対する自分の感性のなさというか、ニブさに情けなくなってしまう。そうか、そんなにも面白かったのか…。公開当時も前評判は高かったし、それなりに期待していったんだけど、ああ、これって『或る夜の出来事』に代表されるスクリューボールコメディを、男同士のカップルで再現したものかあ、と最初のうちは感心。だけど、ストーリー展開ではなく、演出がいちいち律儀すぎて先が読めてしまうものだから、途中からいささか退屈しちゃったんですよね。もったいないなあ…と思っていたら、周囲は絶賛で、ここでも賞賛の声しきり。正直、焦ってます(ホント)。でも、やっぱりデニーロはチャールズ・グローディンに完全に食われていたんじゃない?
7点(2003-10-14 13:58:25)(良:1票)
10.  水の中の八月
90年代に商業映画の世界に復帰した石井聰互監督の、今のところぼくが最も好きな映画。J・G・バラ-ド的な終末感に彩られながら、ひとりの少女が世界を救うという『ナウシカ』的ストーリーは、驚くほど美しいイメージの連続で陶然とさせてくれます。日本映画でここまで美しい映像を見せてくれるのは、間違いなく石井作品だけだ。
9点(2003-07-14 18:31:10)
11.  ミリオンダラー・ホテル
決して全てに成功しているワケじゃないけど、ここしばらくのヴェンダ-ス作品では最も愛しい、そして美しい映画じゃないでしょうか。あまりにナイーヴな眼差しの中に語られる、「人間とは生きるに値いするか、そんな価値のない罪深き存在か?」という問いは、おいおいそんな恥ずかしいメッセージをわざわざ映画にすんなよ、と赤面させられもする。が、こんな時代であり、こんな世界だからこそそんな“問い”を自問し、本気で考察することも、きっと必要なのだ。ペシミスティックではあっても、決してニヒリズムには陥らないという、まさに『ベルリン・天使の詩』以降のヴェンダースの決意がひしひしと伝わってくる。やっぱり、彼って「天使的存在」なのかもしれないなあ。そして間違いなく「天使」に他ならないこの映画でのミラ・ジョヴォビッチ、最高です。
9点(2003-06-06 16:03:45)(良:1票)
12.  耳に残るは君の歌声
意外にも皆さん点数辛いので、あえて満点。ぼくには素晴らしい映画でしたけどねえ…。この20世紀を、たったひとりの少女の「父を訪ねて3千里」というパーソナルなドラマの中に描ききってしまおうという監督の野心は、見事に達成されているのではないですか。いっくらでも重厚に、かつドラマチックに作れるはずのプロットを、「ただ父の前で歌いたい」というシンプルな娘の願いと相対化することで、歴史そのものを内面化してみせたその才気。そう、「歴史」とは、ひとりひとりは無名の人間たちが生きてきたという事実の集積ではないですか。大文字の「歴史」観からは決して見えてこない、「個」としての人間の生の証し。そんな、実に当たり前のことを思い出させてくれる、本当に本当に美しい映画です。誰が何と言おうと!
10点(2003-06-06 15:49:12)(良:3票)
13.  ミスター・ルーキー
今年(2003年)の今頃に公開していれば、もっと話題になってヒットしたろうにね。残念でした。結構期待したんだけど、ドラマ部分の作りが散漫で、「こんなもんかあ」とガッカリ。せっかく長島一茂が意外な好演を見せているんだから、会社の人間関係や家庭内のあれこれを、『釣りバカ日誌』シリーズくらいにはていねいに描いてほしかった。所詮これじゃ、阪神タイガースファンご用達映画にしかすぎないよね。ちなみに小生は南海(現ダイエ-)ホークスのファンです。誰か『あぶさん』を映画化しちくりー!
5点(2003-06-06 15:26:14)
14.  ミクロの決死圏
SF映画史上の傑作であることは、今さら小生ごときが申すまでもありますまい。映画の冒頭、旅客機がヌーッと現れて、その横にタイプ文字でタイトルが打ち込まれる部分から、カッコ良すぎ! 個人的には、ラクェル・ウェルチの身体に血小板(?)が張り付くボンデ-ジ(笑)姿と、それをばりばりはがす男たちのシーンが、何痔見てもイヤラシクて大好き。片時もダレず、ムダのないファンタスティックな冒険譚として、さすがリチャード・フライシャー監督ならではだと、あらためて敬意を表したいと思います。
10点(2003-06-06 15:16:17)(良:1票)
15.  ミート・ザ・フィーブルズ/怒りのヒポポタマス
グロいよねえ。こんな悪趣味極まりないキワモノ映画を作ってた野郎が『ロード・オブ・ザ・リング』を撮るにいたるってのも、人類の”進化”の証明(?)と言えるんでしょうか…。もっとも、作品は実に面白い。十分に愛らしいパペットを使って、スプラッターな狂騒的ドタバタ残酷喜劇を展開するっていう、発想そのものがなかなかです。つまり、趣味の良い悪趣味ってやつですな。
7点(2003-06-06 15:04:21)
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