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下町で古びた靴下工場を細々と経営する初老の主人ハコボの元へ、疎遠になっていた弟のエルマンが訪ねてくる。ハコボは事もあろうに、従業員のマルタに偽装夫婦になる事を頼み込み、三人での束の間の奇妙な共同生活が始まるというのが、大雑把なストーリー・ライン。何故、ハコボは結婚していなかったのか、或いは偽装結婚を何故する必要があったのか、などと言った素朴な疑問には殆んど触れられないまま、ドラマは進行していく。勿論、それらには然したる意味はなく、何の変化もない同じ事の繰り返しで明け暮れしている所へ、一石を投じた事によりドラマが生まれ、やがて人間の本性が炙り出される面白さ。様々なエピソードを積み重ねる事でそれらは的確に描出されていく。静かな語り口だが演出は実に巧みで、ドラマらしいドラマがなくとも、多くの事を語りかけてくる作品だ。もう若くもなく、同じスタイルに固執し変化を望まない一組の男と女。仕事以外のことには無気力・無関心で、自分の殻に閉じこもって人生を楽しもうとしないハコボ。今までどのような人生を送ってきたのだろうか。しかし羽振りのいい弟には弱みを見せたくないという、兄としてのプライドだけは持っていて、その頑なな姿勢はどこまでも崩さない男だ。年配の従業員マルタも寡黙で仕事には従順な女性として描かれるが、利己的で単純なハコボと違い様々な表情を垣間見せる。彼女は一人では生きていけない事を自覚し、そして何かに期待を抱きながら生きてきた女性なのである。偽装夫婦を頼まれた時に快く応じたのもやはりその何かを期待したからで、たまたま年恰好が同じという程度の理由で、マルタを選んだハコボとは大違いだ。だからラストのしっぺ返しも当然の成行きとも言える。表向きは例え同じ方向を向いているようでいても、生き方や考え方というものはやはり人それぞれ違うという、至極当然のことを映画は改めて教えてくれる。“チーズ”と“ウィスキー”の違いはあっても、人生を笑顔で過ごしたいのは何処の国の人も同じだと、作者は言いたげだ。
【ドラえもん】さん [映画館(字幕)] 8点(2005-06-09 16:21:21)(良:3票)
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