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《ネタバレ》 最後までしっかり鑑賞するつもりで見始めたら、嫌になってやめてしまう映画というのがある。こないだスカパーでやっていた「ライアー」がそれだった。あんなに魅力的なキャストだというのに、30分も見ないうちに、どうにもこうにも辛抱ならず。
さて逆に、最後まで見る気などないのに、やめられなくなって、しっかりエンディングを迎えてしまう映画というのもある。本作がそうだった。 「興味はないがたまにはジャッキー・チェンの顔を3分くらい見てみるか」というノリで見始めて、エンディングロールまで見てしまった。恐るべしジャッキー・チェン。 これは脚本・監督もジャッキーが参加しているから、ジャッキーの本音が色濃く出ていると思っていいのだろう。それで、私はジャッキー・チェンという人がいかに「言葉」に重きを置かないか、ということについて改めて気付いたのだった。 ジャッキーは英語なんぞで大事な言葉を語ったりしない。や、べつに山本未来より英語が下手だとか、そういうことはジャッキーにとっては重要ではなくて、ジャッキーにとって英語はやっぱり自分の言葉ではないんだ。 ジャッキーは執拗に、英語を否定する状況を生み出し続ける。英語の通じないアフリカ原住民、せっかく英語の達者な山本未来と巡りあえても、薬草を噛んだせいでずっとしゃべれない。 アフリカ原住民のセリフに字幕をつけなかったことは、明らかにジャッキーの意図であろう。彼はこう言いたい。「言葉以外の要素で、この映画を味わってくれ」。 私はこの映画には「英語、それがナンボのもんじゃ」というジャッキーの反骨心を強く感じる。もちろん、小谷野敦の言うような、英語を母国語とする人々の「英語万能主義」を前提としての。 0.2秒しか映らなかったけど本人は嬉しかったであろうケイン・コスギには笑ったし、山本未来の英語はネイティブに近いと感心したし、ジャッキーのアクションも「スタント有り得ず」という「安心感」をもって堪能できる。 ジャッキー・チェンは言葉によって人間の真実を伝えようとする方法を否定し、どんな窮地に陥ってもシリアスに突入することを拒否し、この映画を撮った。自ら演じた。大したもんだ、と言っとく。 *アフリカの砂漠に突如「三菱石油」、「ふそう陸送」が大写し。シュールだなあ。CM料もらっているだろうな。ま、許す。 【パブロン中毒】さん [CS・衛星(字幕)] 8点(2007-08-29 12:31:11)(良:2票)
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