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作曲家が曲を残した(楽譜に残した)のは仕事(お金を得るため)と芸術表現のためです。クラッシックのピアノに限っていいますが、”演奏”の楽しみは技巧(テクニック)の楽しみと、芸術表現の楽しみがあります。しかし、エライのは演奏家ではなく、”作曲家”です。演奏家の苦しみは突き詰めれば、”食えないこと”の苦しみしかないのです。しかしながら、”ピアノ”という楽器はそのシステム上、残された膨大で優秀な作品上、他の楽器に比べ(これはもう、言い切ってしまいます。だって本当のことだから)、仕事として弾く事を、あるレベルで続けること自体に非常な過酷さをともないます。もちろん、芸術家が”アタマを病む事”とそれ以外のヒトが”アタマを病む事”は全く同じレベルです。とても不思議なことに、歴史に残るのは”技巧”ではなく、”表現”なのです。技巧は”教えられますが、”表現”は教えられない。そういうたぐいのものでない。
ラフマニノフ作品の楽譜でffffが指示されていて、毎日そのまま弾くのはバカです。ピアノは弦楽器です。弦が切れます。芸術家の私生活なんて興味ありません。 涙を流すほどの、驚愕の表現、のみが有効です。 ピアノの先生のあなた!ちんたら、わけわからん表現を教えて、高い金ふんだくってるんでしょう。まったく、芸術大学なんてあきれかえります。教える側が、教えるべき事が明確でない。簡単に言うと”全く、わかっていない!”というか、それ以前に、教える、教わるものではない。(そんなくだらないことは、私が言うまでもない)唯一、教えるべきこと。ある、ゆるされた一部の誰かが、唯一、教えることができることで、重要で、確かなもの。それは、”音”です。”サウンド”です。さらに言うと、この主人公は天才でも、ごく普通の”演奏家レベル”でさえもありません。どちらかというと、精神が弱い、という意味において、盲目の演奏家、片腕のハンディキャップ演奏家です。(そのまんま) だから、一般のヒトの見方としては、ハンディがあるのにスゴイ!という、音楽の演奏のすばらしさとは全く違う、全く無意味な”ミセモノ”です。それをもてはやす。音楽を聴いている人間は本当にすくない。すくなくとも、私はこの映画の主人公をプロピアニストとは到底認められない。演奏は醜いの一言!!というより、弾けていない!!!追加!というか、変更!いやー!いまさらこれ読んで、我ながら恐ろしくなる、高飛車かつ、バカなこと言ってますなあ(涙)。まあ、要するにわたしはこの映画が、あまり”すきじゃありませんよー”といってるだけです。言い換えると、つちやかおりよりみはらじゅんこ、が好き、と言ってるだけです、、、、、。 【男ザンパノ】さん [映画館(字幕)] 5点(2008-04-29 00:01:57)
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