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《ネタバレ》 市川準監督初期の三作品『会社物語』『ノーライフキング』『病院で死ぬということ』、その集大成のような映画である。俳優とは無縁のイメージのテリー伊藤だが、彼の無造作なたたずまいがなんともいい。そして劇中の役柄さながらに真摯に内助の功に徹するプロフェッショナルな薬師丸ひろ子がまた、いい。二人が寝室で会話するシーンが印象的だ。それぞれベッドに横たわる二人を両端に捉えたカメラはやがて薬師丸をゆっくりと画面から外し、沈思黙考するテリーのその姿だけを延々と捉えようとする。天下の薬師丸ひろ子をぞんざいに扱うかのようなそのカメラワークはしかし、素人ながら一人画面を支えるテリー伊藤に立派にその大役を務めさせ、なおかつ画面から外れてもなおきちんとそこに在りつづける女優薬師丸のその控えめでいて見事な存在感をも、あざやかに写しとっている。人の死を捉えるこの物語は、当たり前のこととして陰鬱だ。薬師丸ひろ子が語るように、本当に悲しむ人間以外は、死に向き合ってはいけないのだ。この映画が観るものを限定するほどに重く厳粛なのはそういうことだ。そうして市川は最大の敬意をもって死を描く。およそ市川準らしからぬ声高に涙を誘う葬儀の場面は、それでいて同時に限りなく市川準らしい。デビュー作から一貫して、まるで道ばたの樹々のように街の風景に溶け込みひっそりと生きるそんな人々を描く彼が、いつもそこにかさねて見せるのは、世界から忘れられたその樹をそれでも決して忘れることなくじっと見守る人々がいる、そんなささやかな光景だからだ。裸の蕾を冷たい雨に打たれやがて咲き誇る梅の花、それを待ち望み慈しむまなざし。それは常にどこか乾いた距離をとりつつも、静かな愛情をもって主人公たちを見つめる市川準の視線そのものでもある。梅の花を決して忘れなかったものたちが斎場のそこここに集うさまは感動的だ。暗転に続くエンドロールは、死にゆく老人を演じた名優加藤武の、劇中ほとんど表情もなく寝たきりであった彼が闊歩する、その在りし日の後ろ姿だ。すれ違う生徒たちとさよならの挨拶をかわすその背中に、最後まで教師として生きそして見葬られる彼の、襟を正したその美しい生き様がかさなる。生徒たちは歌う。今こそ別れめ、と。いざさらば、と。あおげば尊し我が師の恩。すばらしい歌だ。心をこめて手向けられるこの歌はこんなにも哀切で、そしてこんなにも美しいものなのか。
【BOWWOW】さん [DVD(邦画)] 8点(2009-09-26 14:33:29)
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