10.《ネタバレ》 2004年度文化庁メディア芸術祭のマンガ部門の大賞作とのことで何気なく読んだが、とにかく恐ろしい本だった。表面的にはほのぼのした優しい絵柄で笑える場面も多いのに、実はその裏側に「まっくろな血」(墨汁の滴に見える)のようなものが隠されていて、そのギャップが読む人間を不安にさせるところがある。この後に同じ作家の別のものを読んでみるかと思ったこともあったが、全てそういう黒いものが隠されているのではと思うと恐ろしくて手が出せず、結局は何も読まない日々が続いた(次は「この世界の片隅に」)。今回改めて読むと、やはり笑える場面は本当に大笑いさせられるが、そもそも情緒不安定な状態で読んでいるので泣き笑いになってしまった。
テーマに関することでは、その黒いものが現代に生きる人々にまだ影を落としているというのが衝撃的だった。2020年代の現在はどうかわからないが、戦後もずっと子孫に健康被害が及ぶのではという危惧や、それが原因となる結婚差別などがあったらしいことは読後に知った(無知で申し訳ない)。弟の恋人が良家の出という設定もそれを前提としていたようだったが、過去を受け止めた現代の主人公が、根底から自分の生を肯定したという終盤の表現は非常に感動的だった。
その一方でこの本は、何かをあからさまに糾弾しようとしていないように見えたのが特徴的に思われた。社会的な方向性を極力表面化させていないため、読む側としても過去の敵に恨みを募らせるのでなく、また今その辺に見えているものに憎しみを向けるのでなく、まずは登場人物の心に寄り添う物語として受け取りたいという気にさせられる。
ただし「ちゃんと思うてくれとる?」と聞いた相手が誰なのかという問題は残る。初回の感覚としては、戦後10年も経って実体を失ってしまった悪意のようなものが、誰かが亡くなる時だけ痕跡を見せるということかと思っていた。しかし今になるとそういう抽象論でごまかすのでなく、そもそも核兵器限定でもなく、そのような普通の人々の暮らしを脅かす悪意が現代にも未来にも存在することを意識して、その悪意に自分も加担していないか、自分が悪意の宿り主になっていないかを考えようとすることが、民主社会のわれわれにとって問題になり続けるのだという気が今更のようにしてきている。
そのように、文字通り考えさせられる著作になっている。ずっと考えていかなければならない。