1. 空母いぶき
《ネタバレ》 日本周辺で実際に起こりそうなことが起こった時に、現在の枠組みで可能なぎりぎりの線で最大限のことをしようとする物語である。現実の日本国政府にはこういう決然たる行動はできそうもないという点で映画版同様のファンタジックなお話ではあるが、この状況で国民が本当に望むのは何かを考える材料を提供しているとはいえる。最後まで専守防衛にこだわっていたのはご苦労様だった。また、その気になれば可能だった自爆攻撃はあえてしなかった。 なお現時点ではアメリカの態度が作中と全く違っているが、それより日本の立場として何をするのかの方が問題になっている。 全体的にみて思ったのは、国内向けにはかなり融和的な姿勢で一貫していたということである。殊更に分断を求めるのでなく、まずは国民の生命と財産、領土と主権を守るという目的で一致しようと呼びかけている。ほか相手側にも、文明国として最低限の線を守るよう期待を寄せている(かなり怪しいが)。価値観や利害の異なる多様な行動主体の間で、最低限共有できる認識は何なのかを問題にしていたらしい。 また一つの行動が二重の意味を持っている例が目についた。例えば艦長が一機も失うなと言ったのは、金の問題でもなく損耗率(6.6%)を低くするためだったようだが、それとは別の裏の意味というのは部下にも見透かされていた。また一見綺麗事のような人命尊重の方針は、単に国際社会に向けた形ばかりのいい子ちゃんアピールとも取れるが、同時に判断の責任者や自衛隊員その他の関係者、あるいは読者を含む一般大衆が、できれば人が死ぬようなことはない方がいい、と内心思う素朴な心情にも合致している。複雑な世の中をいい方にだけ、悪い方にだけ解釈するのは間違いだという意味かも知れない。 個別の問題として、政府に対しては国民と人類社会の理解と共感が得られるよう努めることを求めていたと思われる(適時で率直な情報提供など)。また日本国の主権者たる国民には、野次馬ではなく「当事者」として、国際社会の現実に立脚した判断が期待されていたように見えた。 敵に関しても、どこかに人として心が通じる点があるはずだ、という物語になっていたのは、どうしても人を信じたがるお人好しの日本人向けでしかないかも知れない。しかし過酷なこの世界では、対決を恐れず対等な関係を作って初めてまともに向き合うことができ、その上でこそ相互信頼も期待しうるのだとすれば、その条件を整えるまでの過程を描いていたようでもある。 そのほか個人的に贔屓にしている護衛艦「ちょうかい」が砲撃で大活躍したのは、1942年の第一次ソロモン海戦を思わせて少し感動的だった。また自衛隊員の家族が出て来る箇所には心を動かされた。特に柿沼1尉の娘が、女の子だからかわいく見せようなどという作為のないまるきり子どもの顔で、これが何度も出るので泣かされた。 8点(2020-07-27 22:50:05) |