8.《ネタバレ》 最近「海を飛ぶ夢」という映画を見ていたので、「尊厳死」について多少は考えていたのと、その作品のレビューでこの映画の展開について書いていた人がいたので、あまり驚きも感じられませんでした。主人公は舌を噛んで自殺しようとしますよね。その点では「海を飛ぶ夢」よりはマシです。ただし、基本的には私は映画には夢や希望を求めますのでこういう救いのない作品の評価は下がります。実は私は最後までひょっとしてイーストウッドは彼女を励まし続け、なんとか助けるじゃないの?と思ってました。用意していた注射も魔法の液体で生きる意志が生まれるんじゃないの!?で、イーストウッドが本当に実行したんなら、その後モーガンが速攻病室に駆け込み彼女を助けて、「長生きも悪く無いよ」とかね(ノンキかなあ)。最後の行為を「タオルを投げた」とかいう見方があるようですが、逆だと思います。タオルはボクサーの意思(死の覚悟)に反して、命を救うために(ボクサーの尊厳を無視して)投げるのでは?イーストウッドは何度もタオルを投げようとしますが、結局、彼女の尊厳を重んじて、苦渋の決断で最後までタオルを投げなかったんじゃないのかと思います。モーガンに無理をさせて失明させてしまった事をずっと後悔し、以後選手達に無理の無い試合の組み方をしてきたイーストウッドですが、己の尊厳の為に生死を賭けて戦うボクサー達との付き合いの長さが、「尊厳死」(タオルを投げない)を認める思考回路を生んだんだと思いますが、障害者になっても懸命に生きている人はたくさんいるわけで(パラリンピックなんか見てると自分が恥ずかしくなります)、「拍手喝采を浴びてないと生きている気がしない」というのは、一度栄光を味わった人間の脆さであり、イーストウッド行為は単ににそれに同調しているだけのような気もします。 そもそも人間は脆いものだとは思いますが、だからこそせめて映画ではそれを克服する姿を見たいものです。 【東京50km圏道路地図】さん [映画館(字幕)] 5点(2005-06-18 23:40:38) (良:3票) |
7.《ネタバレ》 本人が望むなら尊厳死とか安楽死ってのはありだと思うけどね。てかあの対戦相手って反則負けじゃないの??それが納得いかずかなり萎えました。 【すたーちゃいるど】さん [DVD(字幕)] 5点(2007-09-02 13:02:27) (良:2票) |
6.《ネタバレ》 悪いけど、「ミスティック・リバー」からこっち、クリント・イーストウッドはイカれているとしか思えないわ。陰惨なのは結構、バッドエンディングでもOKだけど・・・・ボクシングやら、宗教やら、尊厳死やらなんやらに包んでテーマがさっぱりわからないけど、結局言いたいことは「負け犬」は「負け犬」でしかないってことじゃないの?(ミスティックリバーも然り) なんかアメリカの怖さのようなものを感じてしまう。 【ETNA】さん [CS・衛星(字幕)] 5点(2006-03-06 21:02:44) (良:2票) |
5.《ネタバレ》 アメリカでは、キリスト教右派や保守派の評論家、障害者団体が反発して、ボイコット運動が起こった。その一方で、アカデミーでは高く評価され、4部門受賞に至った。この二極分化された、文字通り賛否両論のリアクションは、まさにあたし個人のリアクションでもある。人物描写、キャスティング、画面作り、プロットなど、映画としてはものすごくよくできた一本であるという気持ちは否めない。しかし、個人的には、高く評価したくない。その理由は、もともと映画にポジティブな娯楽を求める傾向があること。この映画の、特に後半から結末にかけて描かれるテーマは、人生を考える上で無視することの出来ない重要なテーマである。しかし、映画を通してそれを考えたくはない。ましてや、これみたいによくできた映画にそれを提示されると、人物設定や演じる役者が優れている分、現実からは切り離した次元で架空の世界を楽しもうとするあたしの基本姿勢は揺るがされる。いっそのこと、駄作だったらもっと素直に批判的になれるのに、という感じだ。 【黒蜥蜴】さん [DVD(字幕)] 5点(2006-10-22 10:40:04) (良:1票) |
4.《ネタバレ》 「太く短く生きる事にも価値がある」?それは表のストーリーだ。裏のストーリーとは、おおざっぱに言うと、クリント演じるフランキーが「神様の真似事」をしている話だ。「えせ神様」フランキーに対し、「人間」マギー。神様フランキーは、「マギーが頑固で思い通りにならない」などとぼやいてみせるが、それどころかマギーはいたって忠実で彼を崇め、ほかのマネージャーに見向きもしない。全くフランキーの思い通りではないか。そんな何も落ち度のない彼女に作品の創造主は唐突に罰を与える。「これ以上は進ませない。」という意思を示す。これは何か。私には、「女の役割を引き受けなかった罰」、「男の世界に踏み込んできた罰」に思える。なぜ男性ボクサーを育てる話ではいけなかったのか?なぜ「ボクシング」でなければいけなかったのか?水泳とか陸上ではダメなのか?これは、「殴り合う」という「自分の娘にはやってほしくない」ような世界でなければならなかったのだ。ミリオンダラーを稼ぎまくって、喜ぶボクサーとその家族、というのは、「ロッキー」では可能だが、女がそれをやるとコメディとしてでないと成立しない、ということだ。だから、マギーがタイトルを取ってフランキーと共に喜ぶラストなどはあり得ないのだ。それだと「神様フランキー」は単なる「応援者」に成り下がってしまう。クリントの言いたいことはこうだ。「俺の考え方は確かに古いけど、闘う男に応援する女、結局これが一番いい形だと思ってるんだ。みんなもそう思わないか。」終盤でフランキーをはさんで「神父」と「怖がらない人間エディー」両方のアドバイスが示される。ここで例の「太く短く」理論が出てくるわけだが、これはもちろんフランキーが「えせ神様」として彼女に死を与える言い訳にしか聞こえぬ。べつに「一生床掃除」をしていても、不幸だったかどうかは本人にしか分からないじゃん。これは「神様の真似」をするための言い訳としては苦しすぎるな。全編通して見終わって、「どうもメッセージがはっきりしない」「太く短く生きられてよかったねと言いたかっただけなの?」というもやもや感が残るのは、このような裏のストーリー、裏メッセージと同時進行させているからである。「女でもボクサーになったっていいじゃないか」という賛歌では全然なく、その反対である。 このあたりの事は、いずれ小倉千加子か橋本治あたりが論破するに違いない。 【パブロン中毒】さん [DVD(字幕)] 5点(2006-01-14 23:23:47) (良:1票) |
3.《ネタバレ》 私の意見は「勝手」かも知れないが。彼女は、まだ戦えると思う。 ベッドの上から出る事は出来なくても、次の人生を戦う事は出来る。 車椅子で大学に通うまでしなくても、人生というリングから降りなくて良い。 そして、片足を失った彼女に「それでも、生きてくれ」と伝える事にこそ、 彼には、本当の意味での「トレーナー」としての役割が、神から課せられていたのではなかろうか。 遠くの誰かに向けた「送り返される封書」ではなく、目の前の愛する者に向けて、 なぜ「生きていて欲しい。一緒に居てくれ。諦めないでくれ」と伝えられない?。 かつて、親友の試合にタオルを投げ入れ損ねた彼は、 彼女の人生に、誤って、タオルを投げ入れてしまったんだ。 犬を埋めた父親の愚行を繰り返さなければ、「本当の父親」になれたはず。 「グローブを着けて、賞金を稼がなくても良い。今、目の前に居る君を愛する者が、 ここに居る」と、なぜ伝えない?。「死生観を揺さぶる映画」かも知れない。 しかし、私には「悔し涙」の為の映画だった。 【じょるる】さん [DVD(字幕)] 5点(2006-01-06 21:42:57) (良:1票) |
2.《ネタバレ》 予備知識なく鑑賞。前半物語に引き込まれ、中盤切なくなり、終盤落ち込む・・・。 主人公が成功して終わったら、ただのロッキー女版だしそれじゃこの手の映画作る意味ないんだろうけど・・・。 しかし、役に立たない神父(牧師?)だな~。 【楽人】さん [DVD(字幕)] 5点(2005-12-26 17:08:11) (良:1票) |
1.《ネタバレ》 評価も高く感動された方が多いようで大変心苦しいが、私はこの映画に入り込むことが
できなかった。余計な説明を省き主人公を浮き彫りにして感動を呼ぶ手法は良いとして
、あまりにも説明不足で作りが大雑把。マギーがあれほどボクシングに夢中になった背
景は、ただ貧乏だったから、他にもっと納得できる理由があってもよいのでは? いき
なりエディの門を叩くが、それほどまでにエディを崇拝する心中は? ボクシングシー
ンがお粗末、映画だから割引いて観ても、特にエディから離れチャンピオンになった男
のボクサー、ボクシングが下手で観てられない、だからカットを短くしているのだろう
か? そして、相手選手の反則によりマギーが全身不随となる突飛な展開、なぜ突飛か
というとボクシングはしっかりとした管理下で行われるスポーツ、もし仮にあんな事故
が起これば相手選手だけでなくレフリーも責任を問われ大問題になるはず、どういう処
分を受けたのだろうか? それと、マギーが全身不随になった医学的な説明が少しはあ
ってもよいのでは? まるでフジTV『こたえてちょーだい』の再現VTRを観ている
ような信じられないマギーの家族、重いテーマの映画とのバランスが如何にも悪いので
は? マギーの父親が足の不自由な犬を安楽死(?)させた話と、フランキーがマギ
ーの自殺幇助(?)をする結末をダブらせているのだろうが、これは不発。似た展開で
『二十日鼠と人間』(1992年)という映画があるが、私に重く圧し掛かり深く考えずには
いられない傑作だった。しかし、この『ミリオンダラー・ベイビー』は役者の存在感と
感動させる為の単純な計算だけで成り立っている軽い映画にしか感じられなかった。 【Gang10】さん [映画館(字幕)] 5点(2005-10-12 00:09:38) (良:1票) |