8.ベニスという都市空間のイメージが完璧に視覚化された映画である。複雑な道路に象徴される迷宮のイメージ、商業都市として退廃した没落のイメージ、昔、娼婦小屋が並んだことによる官能のイメージ、疫病が流行したことからくる死のイメージなど、アッシェンバッハの精神世界の退廃が、ベニスという都市と完璧に照応している。まさにベニスはデカダンスを表現するには完璧な都市空間と言えるわけだ。そして、それはベニスへと行く船と海(理性の世界から欲望の世界への移行)、ホテルとその砂浜(理性と欲望の交差する場所、外界との交流のある場所とも言える)、そしてベニスの都市部分(欲望が頂点に達する場所、アッシェンバッハがタジオを追いかけて迷い込んでいく迷宮)と、空間論を駆使して、アッシェンバッハが意識から無意識の世界へと降下していく過程が完璧に描かれている。また、アッシェンバッハがタッジオに対して投げかける視線の演技が、気持悪いほどアッシェンバッハの抑えきれない感情を描き切っている点にも注目したい。規律を重んじたアッシェンバッハがタッジオという完璧な美の前になすすべもなく死化粧(「地獄に堕ちた勇者ども」のソフィーを連想させられる、まさに完璧な深層と表層の対比である)をして死んでいく、このデカダンスそのものを視覚化したこの映画の素晴らしさは筆舌に尽くしがたいものである。 【たましろ】さん 10点(2003-11-09 23:55:55) (良:4票) |
7.《ネタバレ》 まず最初に言っておきたいことがある。今までアメリカ映画しか見たことのない人、これからヨーロッパ映画を見ようと思っている方、そういう方にこの映画を一番最初に観る。選ぶのだけは絶対に止めた方が良い。間違いなく退屈だと思うし、二度とヨーロッパ映画なんか見るものかと思うに違いないからである。そんな映画なのに何故7点も付けているの?と思われるだろうけど、映画はただ面白いだけが映画じゃない。この映画は人間とは如何に惨酷な生きものかという問いに応えて見せている。年老いた主人公がイタリアの美しいベニスという場所で出逢った一人の美しい若者、それも同姓に対し惹かれていく。同姓が同姓に対し描くあこがれ、それは人間の本質のようなものであるという監督からの強いメッセージと取れる映画がこの映画ではないかと私は思う。美しいものに対するあこがれというものは人間なら誰しも持っているはずです。あまりにも美しいベニスの街並みと美しい若者、そして、美しい音楽、この映画は何もかも美しい。その美しさが故にけして、自分は美しくとも感じない一人の老人が美しさの中にある惨酷な少年の心というものに心を奪われたまま最後は病気で死んで行く。誰にでもある老いたくない気持ち、人を愛するということと愛されたいと思えば思うほど浮かび上がってくる惨酷さ、この映画は単なる人間の妄想だけでない人間の惨酷な部分を美しくも哀しく描いた作品で、楽しい映画でもないし、笑えるとかスカットする映画でも勿論、ない。しかし、ただ面白いだけが映画ではないということを私に教えてくれているという意味で外せない作品である。何度も繰り返し見て楽しみたい映画でもない。そして、やはりこれから初めてヨーロッパ映画を見ようと思っている方には薦めることは出来ない。色んな国の映画を観て、色んなタイプの映画を体験した上でこの映画を観る方が良いと思うし、そうでないと間違いなく二度とヨーロッパ映画は見るものかとなることでしょう! 【青観】さん [DVD(字幕)] 7点(2008-06-22 20:36:08) (良:2票) |
6.勝手に死ね。 【veryautumn】さん [映画館(字幕)] 4点(2004-01-08 16:09:43) (笑:2票) |
5.《ネタバレ》 お話しは老作曲家がベニスで美少年に出会って自分でも気づいていなかった同性愛的な性癖に目覚め、だんだんストーカー化してゆき最後は化粧までするようになって疫病にかかって死んでしまうという、こうやってみると身も蓋もないストーリーです。でも今まで観たヴィスコンティ映画の中で本作が自分はいちばん好きかも。ほんとにどこで見つけてきたの?と嘆息してしまうビョルン・アンドレセンの美少年ぶり、スクリーン上でも実生活でも、彼よりというか匹敵するぐらいの美を備えた男性には私は出会ったことがないです。劇中タジオとアッシェンバッハは視線を交わすだけで一言も会話はしない、なんかタジオはアッシェンバッハの頭の中だけの存在、単なる幻影に過ぎないのではとすら思えてしまいます。音楽もイイ、恥ずかしながらこの映画を観て初めてマーラーを知った自分ですが、本作を観て「次作の音楽はマーラーを起用しよう!」と言ったという当時のハリウッドのお偉方よりはましかも(笑)。アッシェンバッハと友人の芸術論議は正直ちんぷんかんぷんで頭に入ってこないけど、これはダーク・ボカードが才能ある音楽家にはちょっと見えないというところもあったかもしれません、どっちかというと科学者って雰囲気ですよね。ミスキャストかな?という感じもしましたが、自身その気があったボガードだけにタジオを見つめて苦悩する演技は真に迫っていましたので、やはり彼で正解なのでしょう。 そして忘れてはならないのは、アッシェンバッハの命を奪うコレラの恐ろしさで、中盤からじわじわとベニスの街に感染が蔓延してゆくところは身につまされます。ホテルの従業員や街の住人たちが必死にコレラの流行を隠そうとするところなんかも、最近どっかで聞いたような気がします。誰か『武漢に死す』という映画、撮ってくれないかな? 【S&S】さん [CS・衛星(字幕)] 9点(2021-02-06 23:34:26) (良:1票) |
4.《ネタバレ》 真の芸術、美の創造に悩む老いた作曲家がベニスで美を追い求める物語。 作品のテーマは美と醜、若と老、純粋と不純、そして生と死である。作曲家と出会った美少年はまるで対照的で、手の届かない存在なのだ。それはまさに芸術家としての自らの人生に重なる。 作曲家は自身が創造できなかった理想の美を少年に見出し、一人の芸術家としての己の人生をかけて少年を追うのだ。そこに肉欲は存在しない。 そして美しきベニスに忍び寄るのは伝染病の影。ここにも美醜の精神が表現されている。 作曲家は自らを騙し、老いを隠すため若作りをする。しかし、自らの醜さを隠したところで美を得ることは出来ない。ラストシーンで化粧が剥がれ落ちていく作曲家は遠くに少年が太陽に照らされる姿を見ながら、死ぬ。自分の実践する/してきた美は偽物であり、本当の美を認識させられるのだ。 本作は芸術や美の存在について提起し、死を描きつつ作曲家の半生を壮観する見事な芸術作品。 【whoopi】さん [地上波(字幕)] 9点(2020-04-07 16:47:34) (良:1票) |
3.《ネタバレ》 昔読んだトーマス・マンの原作をパラパラとめくり、ふと思う、「そうそう、アッシェンバッハ氏って、音楽家じゃなくて作家なんだよな」。それでも強い、この“アッシェンバッハ=音楽家”というイメージ、まさにこの映画において、あまりにもマーラー交響曲5番4楽章アダ-ジェットが、ピタリとはまり過ぎているから。もっともこの映画の主人公アッシェンバッハ、「調和がどうのこうの」とかいう言動を見る限り、どーもワタシの持つマーラーのイメージに合わない、ってか、ほとんど対極かも知れない(笑。原作でもマーラーから借りたイメージは、風貌だけでしょ)。ま、そもそも、このアダ-ジェット自体、一番マーラーらしからぬ響きの楽章、とも言えるかもしれんし。主題は多分、第1楽章のテーマの変形だと思うけど(一種の循環形式ですな)似ても似つかぬ柔らかな響き。また第4楽章の一部は第5楽章でも再現されるが、驚く程の響きの違い。弦楽合奏+ハープなら、マーラーでも「美しい曲」が書けるという実例か。とマーラーの話をしていてもしょうがないので、映画に戻る。またこの映画、クローズアップが実にいやらしいんだなあ。例えばある場面では、主人公の視線を模するカメラ。美少年一家に目が止まり、クローズアップ! う、いかんいかんとオドオドする主人公の表情を、これまたイジワルにもクローズアップ! うひょうひょ、もう恥ずかしいのなんの。これって例えば「電車に乗ったアナタの前に、色気ムンムンのオネーチャンが⇒つい見惚れそうになり、イカンイカンと自制するアナタ⇒ふと周りの乗客を見回すと、何だあのオッサン堂々とオネーチャンに見惚れてやがるぜ、と、今度はそのオッサン客の観察にいそしむイジワルなアナタ」という、そういう下世話な楽しみに相通ずるものがありますね(何のこっちゃ)。それをきっかけに主人公につい主人公に感情移入するアナタ(←しつこい)。正直、映画前半はホテル内部のシーンが多く、ヴェニスらしい雰囲気が感じられないのが残念なのですが(窓から外の景色が垣間見えるシーンがあれば・・・)、第3交響曲の流れる海岸のシーンのあたりから、のめりこんでしまう、圧倒的な映画世界。ラストの虚脱感は無類のものがあり、忘れられません。どうでもいいけど、コレラって極度の下痢で脱水症状になり死に至ると思っていたが、本当にこのラストシーンみたいな症状なのか?(←気にしないこと) 【鱗歌】さん [ビデオ(字幕)] 9点(2007-09-23 00:09:23) (笑:1票) |
2.《ネタバレ》 「美」なんて絵画の世界だけかと思っていた少年を、カナヅチでたたきのめした、なんとも妖しく美しい映画。この作品の前では映像で見せる美しさなんて、雄大な自然や特撮効果、大掛かりなセットだけぐらいと、自分の見識の浅さを、見事に露呈してしまいます。人間の中にある「美」を求める「心」を、この映画は見せてくれます。感じさせてくれます。少年を追いかける、恥じらいをわすれた初老の男。かなわぬ願いの結末を知っているのに、追わずにはいられない「美」への愛。朽ちていく自分にはない生命の輝かしい波動。受けるには遅すぎた。あまりにも遅すぎた出会い。最後、蜃気楼のような海辺で死んでいく男。何事もなかったように、流れる風。時間。絵画は止まった「美」。しかし、この映画には脈打つ、心臓の鼓動と同じ、動く「美」が存在する。それは退廃していく者と生まれ来て、生きる者との出会いに求めた刹那の「美」。ああ、ためいきが出る程素晴らしい映画です。 【映画小僧】さん 10点(2004-03-08 17:50:20) (良:1票) |
1.最初に見てからもう30年近くなるんですねぇ。“ベストワン監督”のルキノ・ヴィスコンティの作品群の中でもとりわけ抜きん出た傑作。僕個人としても生涯のベストワンと言い切ってもいい作品です。休暇でベニス(現ベネチア)の島に来た老作曲家が、たまたま遊びに来ていた美少年に心を奪われ、やがて熱病に冒され死んでいくというストーリー。貴族出身でもあるヴィスコンティ監督の絢爛豪華なるセットや衣装の見事さは、決して貴族趣味に陥っていない気品があり、また映像と音楽の融合は見事というしかない。ラスト、夕陽の海の中で戯れる少年(幻のような美の極致)を遠く眺めながら、砂浜の椅子にもたれて苦悶の表情の中、笑みすら浮かべながらやがて息絶える主人公(=ダーク・ボガードが一世一代の熱演)が哀れだ。その顔には“美”と“若さ”に憧れるかのように化粧が施されていて、やがて死熱によりそれが崩れていくさまは強烈な印象を残す。21世紀にも語り継がれていくべき名作です。 【ドラえもん】さん 10点(2000-09-25 00:05:09) (良:1票) |