4.この映画、武満徹の音楽がなんかしょっぱなからやけに重厚なんですよ。ファーストシーンが夕闇の中、舟下りでのものものしい嫁入り、しかも由緒正しい紀州和歌山の旧家が舞台。司葉子(獄門島)田村高廣(本陣殺人事件)岩下志麻(悪霊島)という横溝正史原作の映画化作品でこれらの名優たちを知った世代としては、いつこの家でまがまがしく忌まわしい殺人が起こるんだ?と身を乗り出さずにはいられなかったんですが、有吉佐和子の原作でそんなことが起こるはずもなく、中村登監督の堂々たる悠々としたタッチでヒロインの一代記が綴られていくのでした。この作品、五分の四くらいまでは、すごく良いんです、原作がそうなっているからかもしれないけど、ヒロインの老いさばらえた過酷な状態をあそこまで追う必要があったのかっていう疑問が残ります。むしろ紀ノ川のほとりで、孫娘の手紙を読むあたりまでで終わらせても、川の流れの如く生きたヒロインの生き様は観客にも伝わったと思うんだけどなあ。結局一人勝ちしたのは大霊界を味方につけた丹波哲郎。司葉子は綺麗なだけではなくこの作品では大変な熱演でした。この年の主演女優賞を独占したのもうなずけます。もっとこのクラスの作品に恵まれていたら、原節子クラスの伝説の名女優になれたでしょうね。(→松竹100周年記念祭にて) 【放浪紳士チャーリー】さん [映画館(字幕)] 7点(2005-11-23 11:10:57) (良:3票) |
3.《ネタバレ》 神田神保町シアターにおける「生誕110年記念 - 中村登」特集で初劇場鑑賞。紀ノ川の流れと共に生きた(時代に)殉じた母/抗った娘/添ってゆく孫娘の三代記。なんだけどテーマたる「不変と流転」を表現するのに字幕や多い台詞でいちいち情景を語らせたり、大仰な音楽を流す事で示唆してる:「こうすりゃ観客は理解・感動するでしょ」みたいな大袈裟文藝大作、苦手なんですよね。個人的には中村監督は女性の信念/情念を描き出す事に長けた「松竹版成瀬己喜男」と勝手に思ってたので、彼の作歴中一番の知名度を誇る作品ではあるものの、身の丈合わない感を感じちゃったんですよ。但今回レビューを記載させていただくのは主演司葉子の名演ぶりに対して。昔彼女のトークショーを聞く僥倖にあずかったのですが、によると『・男性主体の企画が多い東宝映画内での自身の立ち位置・10年間女優業を続けマンネリ感・お母さまを亡くされた といった事が重なり、演技者としての自信を無くされた時期にあたっていた。それが成瀬作品「ひき逃げ(’66)」出演後、改めて演技への自信が芽生えた時にいただいたのがこの作品』『夫を早くに亡くし、未亡人として戦後を乗り越えた司さんの母親を表現したのがあの役柄』そりゃぁ名演になるわな、という説得力です。でこの後が成瀬の名作「乱れ雲(’67)」。レビュアー皆様が「作品に恵まれたならば名女優になれた」というのも納得ですよ。(司さんご自身も「小津安二郎/成瀬己喜男の若すぎた逝去は自分にとって大きすぎる位の影響があった」とひたすら残念がってたのが印象的でした) そんな訳で機会があれば。 【Nbu2】さん [映画館(邦画)] 6点(2023-08-20 08:44:33) (良:1票) |
《改行表示》 2.《ネタバレ》 NHKの朝のドラマにあるような「女の一代記」なので、映画で見るのは少々つらいか。実際、花の子供は都合何人いるのかよくわからなかったり、娘の反発と和解はもう少しじっくり見せてほしかったとか、不満はあります。しかし、二時間半を越える長尺で明治・大正・昭和に渡る一家の歴史、女の半生だけでなく、時代の推移やそれに伴う地主階級の栄枯盛衰を描いたことは、評価できましょう。それになんといっても司葉子がすばらしい。20代から70代まで、それぞれにふさわしい演技で、賞賛されるのも納得です。岩下志麻も我の強いところがそれらしくてよかった。男性では田村高廣よりも、本音で生きている丹波哲郎の弟に魅力を感じます。自然や田舎の家屋を美しく撮った撮影もみごとでした。ただ、武満徹はあまりやる気が感じられませんでしたが(笑)。 製作当時はテレビが普及してきていて、それに対抗しようと作られた大作らしいですが、最初に書いたように題材としてはテレビドラマ向けなので、かえってテレビのよさを認識させる結果になったのは皮肉です。とはいえ、日本の古きよき伝統も描いた、力のこもった良作と感じました。 【アングロファイル】さん [CS・衛星(邦画)] 7点(2012-02-28 20:08:23) (良:1票) |
1.《ネタバレ》 困った。どうするえぇ?書きたいこと、言いたいことを全部放浪紳士チャーリーさんに書かれていて何を書けば良いのか困ってしまうえぇ!あの流れる紀ノ川の水の美しさ、舞台となっている和歌山県のこの風景の美しさ、そして、司葉子の美しさと娘、岩下志麻の美しさ、何もかもが本当に美しいでのし!あの音楽にしても美しい上に何とも力強くて、それはまるでこの映画の主人公、司葉子演じる花の人生そのもののようであり、旧家のお嬢さんが代議士の妻へとなる姿などは本当に司葉子の人生そのままのような気がしてならない。そんな司葉子と岩下志麻の親子を見るとついつい、別の物を思い浮かべてしまう。それは何もこの二人に限ったことではなく、昔の日本映画ばかり見ているからか?横溝正史原作の話を想像してしまう。更に所々で使われる言葉使いの「のし」だの「よし」に「何々してえぇ」だのって、まるで増村監督の「華岡青洲の妻」みいだと思ったら何と原作者が同じである。これにはびっくりさせられるえぇ!同じ原作者の話でもあちらほどドロドロしてないし、見やすいという点ではこちらの方が見やすいと思うが、増村作品ほどのえぐい感じと力強さ、女同士の戦い、例えば今作では司葉子が岩下志麻が自転車に乗って楽しんでいるのを見つけて叱り付ける場面にしても「華岡青洲の妻」の高峰秀子と若尾文子の二人ほどの凄みはない。そういう話なので仕方ないかもしれないけど少し物足りなさも残る。しかし、一本の作品として見るとなかなかよく出来ている。主人公の生い立ち、老いて行く心理というもの、それは紀ノ川の流れる水のように人生とは速く進むもの、誰だっていつかは必ず老いて行くものであるというようなものを美しい映像と俳優陣の素晴らしい演技で見せてくれている。中村登監督、この監督は「古都」でも解るように日本の四季の美しさを描かせたら間違いなくトップクラスに入る監督であるとこの映画を見て改めて思いました。最後に年老いた司葉子の花が歩く場面、あれでもっと身体を曲げて、前屈みで歩くとまるで「悪魔の手毬唄」の老婆(青池リカ)を思ってしまうのは私だけかのし?何か「のし」の使い方やはり違ってるかもしれんえぇ!←多分、この「えぇ」の使い方も違うなあ? 【青観】さん [ビデオ(邦画)] 7点(2008-09-15 12:10:12) (笑:1票) |