6.「人生終わった」が口癖の人間が、その人生が終わる瞬間まで“希望”を捨てていなかったという点がなんとも印象深い。完全に終わったような人生を送っていたとしても、「まだ、まだ行ける」と立ち上がろうとする姿には感動を覚える(階段から転げ落ちても、バットで殴られようと、なお立ち上がろうとする姿も印象的だ)。そのような彼女の姿を見続けると、“自分もまだまだ終わらんよ”とチカラが沸いてくるようだ。 また、「留まるも地獄、行くも地獄ならば、一人じゃない方を選ぶ」という生き方はなかなか共感しにくいところはあるが、彼女としては“孤独”からどうしても逃れたかったのだろうと強く感じさせる。“家族”という帰る場所を失い、自分の居場所を求めて彷徨った遍歴は、正しいか間違っているかは分からないが、決して悪くはない。 何かをしてもらうのではなくて何かをしたい、愛されるよりも愛したい、現代の“受動的”な人間行動を否定して、“能動的”に行動し続ける姿が心を打つ。 その他にも故郷を想起させる“川”なども、セリフは喋られないが、松子の気持ちを深く代弁している。父親に愛されたかったという強い思いから思いついた“変顔”も印象的に使われている。原作には盛り込まれておらず、監督のオリジナルアイディアと聞いたことがあったが、非常に高い効果を生んでいると感じる。さらに、人生の最後を迎えて、天国のような階段を登り、家族や妹の元へ帰っていく姿も非常に美しく描かれている。“嫌われ松子”は監督には非常に愛されていたと感じさせるシーンだ。 監督と中谷美紀の仲が非常に悪かったという噂だが、監督は松子というキャラクターに対して深く深く気持ちを込めていたのではないか。 女優に対してそれだけ多くの注文を付けることは、それだけこの作品に対して深く入り込んで、作品の質をより深めようとする努力みたいなものなのだろう。この作品を観ると、監督の強い意気込みを感じられる。 松子という女性の一生を描くために、“ミュージカル”形式を採用したことも監督の狙い通りに完全にハマっている。だらだらと断片的に人生を描くよりも、ストーリーがぐっと引き締まる。その時々の松子の内面を印象的に描き出すとともに、歌詞を通してもダイレクトにメッセージを伝えることができるような仕組みになっている。残酷なストーリーだが、これによって笑って明るく見られるような効果もあるだろう。 【六本木ソルジャー】さん [映画館(邦画)] 8点(2006-05-27 19:59:08) (良:2票) |
5.この映画の主人公のような女性を知っている。 彼女たちが不幸になったのは、自業自得ではない。
彼女たちが「依存」しているかのように見えるのは、あなた方が既に与えられている側の人間だからに過ぎない。
ラストは商売上の理由でこうなっただけだと思う。個人的には、そこで迎合したのは気に喰わないが、逆に言えば、だからこそウケたのだと思う。
下妻とこれ、二本立て続けにスマッシュヒットを放ったこの監督は、告白以降失速した。(売れたかどうかではなく、単に売上だけを目指して成功した恥ずかしいやつに堕落した。要は無残にも中身がなくなっていた。そして、話しを戻すが、この映画のラストでしたのが迎合だったと監督には自覚できなかったことが、その原因だ。その意味で、この監督は既に消費された)
TAMAKISTさんのレビューがよかったんで、書く気になった。 【おら、はじめちゃん】さん [DVD(邦画)] 8点(2023-01-08 03:26:43) (良:1票) |
4.既に何度か観てしまっています。私にとっては魅力的な作品なのでしょう。愛を求め続けた松子…全部裏目に出てしまいます…せつない…。監督作品の中では一番好きですね。 【movie海馬】さん [地上波(邦画)] 8点(2012-05-15 01:05:09) (良:1票) |
3.嫌われたって生きてていい 笑って泣いて 一生を生きてクソみたいな死に方でもいーさー 【おでんの卵】さん [DVD(邦画)] 8点(2010-08-08 23:37:02) (良:1票) |
2.中島監督の「下妻物語」本作「嫌われ松子の一生」は 映画にCM的な手法を取り入れるというそういった次元ではなく、 CM的な表現法の積み重ねで映画をつくろうとします。
そういった中島流演出法の極地が本作だと私は思います。
何故なら誰かの不幸を、これほどまでに楽しく描ききってみせたのだから。 それが出来る人は中島監督をおいて他にはいないでしょう。
それは不幸のどん底で半ば廃人になっている松子。
本作はこのどうしようもない主人公を2時間かけて売り込むという 正にCM、コマーシャルだと思うからです。
ここからは例え話 不謹慎ではありますが 本作の登場人物
中谷美紀演じる川尻松子を売り込みたい「商品」 瑛太演じる川尻笙を「客」
と仮定します。 まずこの松子という欠陥商品。 売り込む為にはどうしたら良いでしょうか?
①商品(松子)の魅力に客観性を持たせる
世間では物を売りたいとき、時に体験者談が大きな意味を持つことがあります。 それは社内の人物ではない利害関係のない他人の発言だからこそ信頼できるものであります。
本作序盤から終盤まで決して松子は人生の殆どを客観的に観ると「不幸」な生活を送ります。 嘘、人殺し、廃人・・・ただそんな松子が魅力的に写るのは上の考えと同じ事がいえます。
物語上に登場する龍洋一、沢村めぐみが正に本作での客観視点での体験者で、 とにかくこの2人が松子の魅力を語りまくる事で、客(笙と観客)は最終的には松子の魅力に気付かさるのです。
②セリフにキャッチコピーを持たせる+α 物を売るCMには必ずといっていい程気の利いたキャッチコピーが設けられます。 本作の会話劇、物語の展開を観てみた時に不思議なことに気付かされます。
本作の物語進行は大筋
①松子の人生談の解説→②客観視点での体験者の気の利いた一言→③笙のドライな発言orギャグ
という流れでループしているようにも感じるのです。
つまりここでは松子のキャッチコピーを体験者が言い、 それに対して直ぐには信用しない観客の心情を 瑛太演じる笙が代弁しているのです。
なので本作を拝見していると変な登場人物ばかりの中、 笙だけが話が分かりそうな奴に思えてしまう事こそ本作の狙いなのでしょう。
笙が松子の魅力を感じる頃、 同時に観客も松子を好きにならずにはいられないのです。 【吉祥寺駅54号】さん [DVD(邦画)] 8点(2010-07-28 21:44:01) (良:1票) |
1.悲劇をエンターテイメントとして扱い、でもしっかり悲しませる。初めて今作を観たときはその語り口に驚き、とても新鮮味を覚えました。邦画の歴史の1ページに刻まれるくらいに意義のある作品だと思います。子供の頃に心を動かされたおとぎ話に触れたような、現実感はないけれど重く響く見応え。それはリアリティに乏しいストーリーと、画面の隅々まで神経の行き届いた絵作りのアンバランスから生み出される。まさに、大人のおとぎ話という形容が嵌ります。お涙頂戴ではなく、反対に笑いで綴られた悲劇からは、経験したことのない類いの悲しみが沸き起こる。笑われることを宿命付けられたピエロの存在自体が持っているような深い悲哀という印象でした。凄い映画だと思います。この監督からは明確で強力な作家性を感じます。お世辞じゃなく、世界を相手に個性を発揮して欲しいと思います。 【アンドレ・タカシ】さん [CS・衛星(邦画)] 8点(2010-03-17 23:46:35) (良:1票) |