《改行表示》 10.《ネタバレ》 ジョン・クラカワーの原作はクリスのアラスカ入りまでの放浪生活を追い、彼が出会った人々を広く取材して、その行動と言動を丹念に拾い集める。このノンフィクション・ノベルは一人の青年のセンセーショナルな死を出発点としているが、クリスという一風変わった、それでいて実に魅力あふれる青年の生き様を様々な角度で描き抜いていることが最大の面白さであると感じる。 クリスの人物像。彼は単なる自分探しを求める夢見がちな若者の一人ではなかった。トルストイとソローをこよなく愛する厳格な理想主義者で孤独と自然を崇拝し、それでいて真に文学的な青年でもあった。理知の上に立つ無謀さ。心に屈折を抱えながらも自らの強さを過信するが故に様々なものが赦せなかった青年が2年間の放浪の中で、そして荒野での生活によって徐々に変化し、生きる可能性を掴む。人々とのふれあいの中で心を残す。最終的に彼は死んでしまったけれど、彼の生は、彼と出会った人々の心に確実に生きている。そのことが伝える生の重みを原作であるノンフィクション・ノベルは拾い上げ、そして映画が主題化し物語として紡がれた。 映画は正にショーン・ペンの作品となっている。原作はクリスという人格を外側から炙り出すパズルのような構成となっているが、映画はクリスという実体の行動を中心にして話が進められる「物語」としてある。原作によって炙り出されたクリスという人間像をショーン・ペンは自らの思想性によって肉付けし、物語の主人公として見事に再生させた。映画は、70年代ニューシネマ風のロード・ムーヴィーとして観ることができるだろう。ニューシネマの掟通りに主人公は最後に死んでしまうが、そこには明らかに「光」があった。この光こそ、ショーン・ペンの映画的主題である現代的な「赦し」の物語なのだと僕は思う。クリスが真実を求めた先に見えたものは、ふれあいの中で知った人の弱さであり、そして大自然に対した自らの弱さであった。彼は自らの中で家族と対話する。自分が自分であることを認める。そして、全てを赦したのだと僕は思う。そういう物語としてこの物語はある。 現代に荒野はもう存在しない。彼は地図を放棄することで荒野を創出し、その中で自らの経験によって思想を鍛錬しようとした。荒野へ。理知の上に立つ無謀さ。これこそが失われかけたフロンティア精神の源泉で、現代の想像力を超えた強烈な憧憬なのかもしれない。 【onomichi】さん [映画館(字幕)] 10点(2009-03-18 20:31:29) (良:3票) |
9.《ネタバレ》 最後のほうになって、皮肉のように主人公は作家の言葉を見つける。・・・大切なのは愛する者を持ち、家族、そして隣人を愛すること・・・幸せは、誰かと分かち合わないと現実と感じられない・・・(うろ覚えです) ふつうに言えば陳腐な言葉に重みを持たせてくれた監督に、とても感謝する。本当なら親が子供を育てて行く課程で伝えなければならない、重要なことなのかもしれない。その機会を持てなかった彼は、自分でそれを獲得した。ひとりぼっちで死にむかいながら。そして、「冒険」ということばをもう一度新鮮に感じさせてもくれた。自分は冒険しているか、リスクを冒しているか。あまり経験を積まず無謀に大自然にいどんだ愚かさは否めないが、きっちりと「冒険」した彼の行動を、所謂「自分探しの旅」とかたづけてしまうことはできない気がした。ヘラジカが腐敗するシーン以降、死の気配がしのびよってくる感じがひしひしと怖い。ベルトの穴をひとつづつつめていくところとか。ピストルをつきつけられている人を見せられるよりも死を感じるのは私だけだろか。 【ETNA】さん [CS・衛星(字幕)] 9点(2009-09-07 14:08:05) (良:2票) |
8.《ネタバレ》 主人公に共感できるかどうかがこの作品の肝となるわけだが、残念ながら自分にはそれができなかった。ひとは一人では生きていけないし、一人で生きていけると思っている主人公の傲慢さは、やがてくだらないミスを招き、それが文字通りの命取りとなる。彼は幸せを感じながら逝ったかもしれないが、彼の命は自分ひとりのものではないということを少しは考えただろうか。社会は偽善に満ちているし、両親は決していい人間なんかではない。しかしそれに向き合わずあっさりと捨て去ることは、ただの逃げで甘えでしかない。一本の映画としての完成度は非常に高く、監督ショーン・ペンの力量には並々ならぬものを感じるが、肝心のメッセージに共感できずにこの点数。役者は皆素晴らしかった。 【フライボーイ】さん [DVD(字幕)] 5点(2009-03-04 15:07:18) (良:2票) |
7.《ネタバレ》 将来を約束された青年が全てを捨てて、ひたすら北へ向かっていくという驚きの実話だが、それを深いテーマのもとに美しく映像化した監督ショーン・ペンの演出にも驚かされた。家族間との関係、道中で出会う人々、クリスの人間性や思想といった描写を多くのエピソードで掘り下げることなく、会話や食事などでみせる印象的な行動で流れるように描く手腕は素晴らしい。無駄なシーンなど一つもない、ただリンゴを食べているシーンですらクリスの感情を読み取れるものとなっている。アラスカを目指す旅は一般人ではとうてい無理な話で、人一倍行動力のあるクリスだから成し得た荒技であるかもしれないが、旅に出る動機は非常に若者らしく、経験したという人も多いのではないかと思う(18の僕が言うのもなんだけど)。たしかにクリスの行動は自分勝手で無謀すぎで馬鹿げているかもしれない。しかし自分の人生なのに人の言うとおりになって、社会の目を気にし、自分を偽って生活していくことに、自分なりに折り合いをつけて前に進んでいかなければならいという中で、彼の場合はその決着の形が「旅」だったのだろう。色々と印象深いシーンが多い本作だが最も素晴らしいと感じたのがロンとクリスの岩山での対話シーンだ。ここでは年齢や経験、性格の全く違う二人の人間が同じ高さでお互いに説教を垂れあうのだが、深く考えさせられ感動した。人生ってなんだ、自分の人生って誰のものなんだ?確実に人生経験を積んで色々なことを見てきたからこそ辿りついた考え方と、若く無鉄砲であるが積極的な意見。それぞれの見解がいくつになってもお互いの成長の糧となり、人生に影響を与えうるという一言では言い切れない人生のおもしろさや深遠さを、そして人と人とのドラマの温かさを感じた。 【サムサッカー・サム】さん [映画館(字幕)] 9点(2008-10-02 01:10:18) (良:2票) |
6.《ネタバレ》 サリンジャーの小説『ライ麦畑でつかまえて』は、理想を求めて街を漂流する少年がもがきながらもやがて現実と折り合いを付けようとする物語だ。この映画も似たような匂いがあり、大学を卒業した青年が真の幸福を求めて、失踪同然の当てもない旅を続ける。あまりにも無鉄砲で青臭くて世間知らず。しかし、かつて問題児だったショーン・ペンは彼にある種の羨望を抱いていたのだろう。大人としての客観性も兼ねており、ドル札を焼きながらもバイトで資金を溜める矛盾に、列車に無賃乗車をすれば容赦なく殴られ、アラスカの荒野での廃バス生活では独りで暮らすことの限界を知っていく。「幸福は誰かと分かち共有するもの」。死に際にそれに気付くとはあまりに皮肉すぎる。もし地図を捨てていなかったら家族と抱き合っていたかもしれない。そして父親になって、自分を戒めるように子供に現実の厳しさを教えていたはずである。見る年齢によって感想がかなり変わるだろう。卒業間際で内定も見つからなかったときに本作に出会い、彼に共感していた。定職を持った現在なら冷静に見ていたかもしれない。親不幸にならない程度に、醒めないうちに行動することは若さという特権だ。 【Cinecdocke】さん [映画館(字幕)] 8点(2017-07-11 19:19:17) (良:1票) |
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《改行表示》 5.《ネタバレ》 インテリ馬鹿が荒野を行くロード・ムービー。 親の心子知らず、子の心母知らず、過去と現代が行きかう前章+5章構成。 写真、息子、主人公は家族を見捨てきれない、ちょくちょく映される葛藤、起きる母親、父親、雪道、電車、冬の旅路、手紙の文字だけが画面に浮かぶ。 画面を文字が横切る光景はイライラする、書き綴られる日記、雪原の隅から車がグングンと近づくもの、上空、荷物を抱えた男が長靴を受け取り、別れの挨拶、文字が題名となって消えていく冒頭。面白い。 切り立つ山々を一人突き進む。空を奔る雲。ライフル片手に狩りをしながら生活していく生活に飛び込んでいく、捨てられた車両、探索、家作り 、男が何故旅を続けているのか・目的はなにか徐々に明かされていく。 自然や動物との出会い、一人遊び、親子を殺るほどの覚悟はまだない、二年前の過去へ。物語はしばしば現代と過去を幾度も行き来する。 飛び乗る者、空に放られるもの、ビデオカメラの映像、お祭り騒ぎで酒場に入っていく者たち、会話、強調される表情、窓から放られるもの、手紙、捨てられる写真、別れ、押入れに貼られた憧れは真っ二つに割れる。セルジオ・レオーネ「善玉・悪漢・無頼漢(続・夕陽のガンマン)」。 しがらみから解放されたい、自由気ままに走っていく、トラブルで奪われる「脚」、資金との決別、小川、河、砂漠、街、森、海、農場、滝、岩場、岩山、ヒッチハイク、トラック、貨物列車、旅人たちとの出会い、別れ、再会。フィルムが流れるようにスライド。 届かぬ思い、利用される思い、突然泳ぎだす二人は子供のようにじゃれ合う。黙って静かに見守り、許すのは成年への信頼の証、愛する男のもとへ真っ先に飛び込む、娘のよう、鳥、鳥、鳥、テントの灯りが消える瞬間に暗示されるもの。 リンゴに語り掛ける、自己暗示、季節、雪解け、資金稼ぎのための職業体験、バイト、様々なものから学び直す旅。 恩人を連れ去るもの、両親の真実は映像では語れらない、偽りの家族、電話しながら話し相手にもなる大変さ、親切、買い物かごに積まれた船、激流下り、手の込んだ自殺、雄大な河、イカレ野郎にイカレカップル、マスカラより先に胸隠して下さい、出会うのは夫婦だのカップルばかり。 小銭は電話が必要な人にだけあげる、刺激を求めるが故に自ら金を捨てる、馬と一緒に走ったり、待てませんでした、旅をするにもルールに縛られたくない、線路から穴倉を抜けた先に待つもの、初めて政治家と意見が合った瞬間、見知らぬ街・国、格差社会、思い出される過去の自分。 鉄道を守る男たちからの“ご挨拶”。「北国の帝王」みたいにゃいかないね。 徐々に血にまみれるようになり、過去の喧嘩が明かされることでスリルを増す旅。苦い記憶、黙って見守るしかなかったもの。 孤独な狩りは野生及び死への接近、獲物が倒される瞬間は映されない、獲物をかっきる、生きるために血肉を生々しく貪り、たかる虫、メモ、保存、独り言、家族の会話。 ヘラジカ「俺の生涯でもっとも悲しい出来事だったよ」 虫や獣が匂いに惹かれてやってくる。 家族(になる前にヤルること)、匂いから逃れるために水に裸で泳ぐ、ズボンを脱ぐことで誘う、それを抑えるための筋トレが逆に惹かれさせる。 メガネは学ぶ人としての自分、時折入るスローモーション演出は俺の腹筋に襲い掛かる、木や草を掴む生への執着。 ヌーディストビーチ、オーマイゴッド温泉まさかの実在、良識(国境を無許可で超える)、横から捉えられる斜面は一般人と彼の境界線のようだ。 ベルトに刻まれる思い出、、岩山での挑発と緊張、変化、なにもないはずの場所で談笑、なんでもありそうな大自然で「なんもねえぞ!」と乱射、炭には御用心、手放せない知識、誤る判断、馬鹿やっちまったと後悔、銃が枕代わりに、のたれ死ぬ自由、みな自由に生きようとする彼に惹かれてしまう。 親も味わう苦痛、震えは恐怖か歓喜か、手紙。 運動を止めたバスの中で、彼は空の彼方で今も旅を続けているのだろうか。空を移動し続ける雲のように…。 【すかあふえいす】さん [DVD(字幕)] 9点(2016-08-26 06:48:00) (良:1票) |
4.《ネタバレ》 彼の人生とは何だったのか、と思ってしまう。帰る気などなかったのだ。何が幸せかなど、荒野では何も見出せやしないと言ってやりたい。働いて金を稼いで、時々主人と贅沢をする。私の毎日。面白いことも、つまらないこともあるけれど、とても満たされている。大切な誰かと深い関係を作れなかったこと、それこそが不幸のように感じてしまう。彼の帰りを待っているひとがいたら、きっとこんな悲しいラストにならなかったのでは。ラストは薄々感づいてはいましたが、旅の途中での楽しいロードムービーが消し飛んでしまうようでした。そうは言っても実話だからしょうがないか。 【SAEKO】さん [DVD(字幕)] 6点(2012-03-19 15:15:41) (良:1票) |
3.この映画を「コイツ、バカだな~」と思って見られる人は、きっと幸せ。 【Junker】さん [DVD(字幕)] 9点(2011-06-25 16:59:16) (良:1票) |
《改行表示》 2.《ネタバレ》 恐らく多くのレビュワーの方々の感想とは逆に、見ている間はなんとなくいい感じの映画に思っていたのだが、見終わってから振り返るとコマ切れの話のつなぎ合わせ出しかなく、映画のポイントが頭に浮かんでこない、そういう感じの映画だった。 ■会っていった人々との個々のエピソードはなかなか感慨深いのだが、全体としての連結性があまり見えてこないのと、カットバックを多用して時系列にしていないことの効果が「わかりにくくなる」以外にほとんど感じられなかったのとが大きくマイナス。「なぜ旅に出ていったのか」「旅のと途中で出会った人々との交流で、彼はどう成長・変化していったのか」「荒野に一人生きることとは」という3つのそれぞれ重要なテーマをすべて混在させたまま「まあ実話なので」という感じでつないでしまい、焦点がわからなくなってしまった印象。 ■なお、彼が荒野に向かったのは自立でも成長でも、ましてや文明の超越でもない。「人工/自然」という構図自体が近代・文明の所産なのであり、ひたすら自然に向かうのはその裏返し、反転した純化思想に過ぎない。 また、彼は両親とのいびつな関係において愛を受けることが出来なかった。そのため、人と向き合い、自分をさらけ出し、互いに信じあえるような関係を築くという道ではなく、人を避け続けることで「人と向き合えない、向き合うのが怖い自分」を伏せてしまう道を選んだ。彼の生き方は充実はしていた。しかし最後、彼は「幸福を分かち合える仲間」の重要性に孤独の中でやっと気付かされた。 ■ちなみにほとんど表に出てきてないが、同一の環境で育ちながら家を飛び出していったわけではない彼の妹(映画の語り手)との対比というのは実は重要ではなかろうか。別に彼が旅に出たのは環境の必然ではない。妹のナレーションでは「繊細」という語が用いられていたが、彼は傷つきやすかったがゆえに傷つかない環境へ消え去った。他方の妹はそうした傷を甘受するだけの、よくいえば忍耐、悪くいえば鈍感さ、を持ち合わせていた。そういうことだろう。 【θ】さん [DVD(字幕)] 7点(2010-11-03 00:47:53) (良:1票) |
1.《ネタバレ》 パッケージの爽やかさとロードムービーという情報のみで借りたのだが、かなりヘビーな内容。主人公が口にすることは一見強くて意志のある人間にも見えるが、彼のとった行動は愛情欲求の裏返しでしかないのだと思う。彼に生の実感がないのは、安全が満たされすぎて生の実感がわかないという豊かな社会における特権的欲求というよりも、親からの愛情欲求が満たされてない所から生じているように見える。故に、荒野で死の危険と隣り合わせになっても解き放たれることはない。旅の過程で温かい心の交流もあり、心を開いていけるチャンスはあった。しかし、彼はいつもあと少しの所で踏みとどまってしまう。表層的な接触しかなく、深部ではつながっていない。嫌われるくらいなら、いっそのこと親密にならないほうがいいし、荒野に行けば訳の分からぬ物足りなさは満たされると思っている。だから逃げる。物語の最後、彼が出した答えには考えさせられた。生の実感というものは、人との関係性の中で見つかるもので、荒野で見つかるものではない。他人と共有する、楽しさや一体感などの見えない感覚の中にこそあるのだと思う。独りで身の危険を冒して得る生の実感は常に虚しさと隣り合わせなのですね。彼はアラスカで独りになるんじゃなくて、行く宛ても無い旅を続けて色々な人ともっと交流していくべきだったのだろう。彼が命を懸けて、親の愛情、そして人間の愛情に飢えていることを自覚したのがとても切ない。 【Nujabest】さん [DVD(字幕)] 8点(2010-01-16 09:01:08) (良:1票) |