10.冒頭、カメラは主人公の背中を延々と追い、そのうらぶれた様を映し出す。 そこからは、ただこの男が惨めな生活に追いやられているという状況説明だけでなく、プロレスラーとして確実にあった過去の栄光を雄弁に物語ると共に、彼が今なおリングに上がり、そこで少なからずの尊敬と敬愛を受けているということがしっかりと伝わってくる。 そういう描写の後に、ミッキー・ロークの表情が映し出された瞬間、「ああ、この人はかつてのスターレスラーだ」とリアルな存在感を持って納得させられる。 この冒頭数分間の主人公描写の時点で、この映画の成功は間違いないと確信した。
イントロダクションからは、かつてのスーパースターの復活を描いたサクセスストーリーのような印象も受けるが、今作は決してそのような綺麗な映画ではない。 主人公の風貌そのままに、汚れ、くたびれ、傷だらけの映画だ。 「満身創痍」という言葉が相応し過ぎる映画世界、そしてミッキー・ローク演じる主人公の「大馬鹿野郎」としか言いようがない生き様に対して決して共感は出来ない。 ただしかし、引き込まれ、目が離せなくなる。
プロレスに生き続けた老ファイターが、遂に最後までリングにしか居場所を見出せなかったと言えば聞こえは良い。 しかし、そこに映し出されているのは、愚かで、切ない一人の男の姿であり、この映画が描こうとしたことはまさにそういう人間の根本的な無様さだ。
“現実”の死を厭わず恐らく最後になるであろうリングに立つ男の姿に涙が溢れるわけではなかった。 唯一残された「居場所」、そこに立つまでの男の全ての言動が、哀しく切ない。 この映画に描かれていることも、描かれていないことも、この男の人生そのものに涙が溢れた。
リング上で闘い続けるということが、逆接的に立ち向かうべき己の人生から逃げ続けたこととイコールになる悲哀。 ただし、それが不幸だろうが幸福だろうが、決して他人はその人生を否定も肯定も出来ない。 その価値を計れるのは、紛れもないその人生を生きた本人しかいない。
「生きる」ということの普遍的な厳しさと、だからこそ垣間見える人間の煌めきが心を揺さぶる。これはそういう映画だ。 【鉄腕麗人】さん [DVD(字幕)] 9点(2012-02-11 01:33:57) (良:2票) |
9.《ネタバレ》 「親父の背中」という言葉がある。子供はそれを見て育ったり、それを追いかけたりする。しかし、いつの間にかそれは小さくなってしまう…。それに気づくのは、悲しくそして少し誇らしい瞬間だ。この映画が映すのも「その背中」である。
カメラの視点はランディの背後から彼を映すことが多い。歩いている彼、座っている彼。こんなにも背中が語る映画は初めてだった。その小山のように盛り上がった背中が大きくなることもあれば、小さくなることもあるから不思議だ。映画を通じて、彼の気持ちは現実世界と仮想世界(プロレス)の間で揺れ動くのだが、その心の動きが背中にもにじみ出ている。
僕がこの映画を特に好きなのは、この映画が「リアル」を映し出しているからだ。「グラン・トリノ」もそうだが、主役のランディは、決して「正しい」人間ではない。いい奴なんだが、家族への責任は果たせないし、単純だし、頭はプロレスのことでいっぱいだし。でも、彼の生き様を見ていると、なぜか心を揺さぶられる。少なくとも彼は小賢しくない。自分の生き方を真面目に追求している。その選択が正しいかどうかは分からない。でも、その態度に僕は感動した。最終的に彼はある選択を迫られるのだが、そのあたりのシーンの描き方は最早神がかっている。映画史上に残るシーンになるだろう。
巷では、ランディの姿をこの映画で劇的なカムバックを果たしたミッキー・ローク自身の姿と重ね合わせて語る節もあるようだが、そんなことは全く不要だ。一本の映画としてこの映画は素晴らしいし、そのように評価されるべきだと思う。 【枕流】さん [映画館(字幕)] 9点(2009-08-02 00:42:43) (良:2票) |
8.めちゃ深い映画。 年老いてもプロレスで会場を沸かせる一方、娘との不和、貧窮、恋などリング外で待ち受けるのは厳しい現実。それは目を覆いたくなる程のリアリティで描かれるプロレスで負う傷や病気よりも痛々しい。そんな辛い現実と寿命を確実に縮めるが華やかなリングのどちらが自分のステージなのか葛藤する主人公。 プロレスにはどちらが善玉でどちらが悪玉かというシナリオが決まっているが、現実世界にはそんなものは存在しない。 ”名前”が人生において選択した道を表現している点も深い。 【whoopi】さん [DVD(字幕)] 9点(2020-03-25 13:32:27) (良:1票) |
7.プロレスに全く興味がなかったのでこの映画も完全無視をしていましたが・・ いやぁ全く、素晴らしい映画が眠っているもんです!昔は凄かったのに今では底辺のプロレスラー。自業自得といってしまえば身も蓋もないですが、ランディ(ミッキー・ローク)は真面目で正直な男だし人間の生き様としては非常に渋かった。いやシブすぎました。
しかしながら、この男は少々豪快過ぎる部分があり、酒で大失敗するシーンが描かれます。娘と会うのが嬉し過ぎて女と酒でハメを外すとかどんだけ子供なんだと。。いわゆる”人間としては最低の部類”といえますが、普段はプロレス仲間からは慕われており、近所のちびっ子たちと一緒にTVゲームで遊んだりする一面も見せ、純粋で真っすぐな人間的魅力というのも同時に描かれています。結果的になんとも味わい深い愚直な人間(ランディ”ザ ラム”ロビンソン)が形作られています。 この愚直でイライラするような男(漢)を脇で支えるのがストリッパーのキャシディ(マリサ・トメイ)で、こちらは風俗業=我が子に見せられない問題、年齢問題、プライベートと仕事の分離問題などの葛藤をウマく表現しつつ、ランディを裏で支えるポジションとして機能的に配置されています。
全編ドキュメンタリー風なので映画として良いのか判りませんが、風景やシーン、表情やセリフがいちいち心に入ってきます。音楽を徹底的に排除したことで観客とランディが一体になって共感できた成功例だと思います。私はミッキーロークのことをほとんど知りませんが、このシブさは役者の内面がにじみ出ているのは容易に想像できます。主演男優賞ノミネートは納得、いや、これほどシンプルで心に響く映画も珍しいので是非賞を取っていただきたかったものです。 女には受け入れがたい最高の男泣き映画を装っていますが、実は人間の本質を描いた超ヒューマンドラマとして、男も女も、プロレスが大嫌いな人間にも広くお勧めできる素晴らしい映画です。ラストの演説~試合~暗転の説得力は近年稀にみる素晴らしさでした。 【アラジン2014】さん [インターネット(字幕)] 9点(2015-10-15 16:01:45) (良:1票) |
6.無様でかっこ悪くて、でも凄く人間味溢れる男の話。どっぷり感情移入出来ました。いやぁ切ない。 【おーる】さん [DVD(字幕)] 9点(2011-11-09 21:30:07) (良:1票) |
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5.《ネタバレ》 現実感を求めミッキー・ロークを背後から捉え擬似ドキュメンタリーのようにしていますが、それでいてクローズアップやロングショットなど単純で少々面白味に欠けながらも情動的な場面も挿んでおり、物語にしても娘に嫌われ、彼女にフられ、残るプロレスで死に向かってゆくではダメ男に虫歯ができるほど甘過ぎるのかもしれませんが…、それでもファンの前では強靭なヒーローであり続けロッカールームで孤独にクタビレ果てた傷だらけの肉体をさらすロークに、寂しそうに公衆電話をかけるロークに(ケータイより断然イイ)、文字通り必死にラム・ジャムを決めようとするロークに、泣かずにはいられないのです。 そしてもう一人、過激にポールダンスを決めるマリサ・トメイも感動的です。 【ミスター・グレイ】さん [DVD(字幕)] 9点(2011-06-10 18:40:22) (良:1票) |
4.《ネタバレ》 バカだなラム。愚かだ。でも、そうするしかないんだよな、きっと。 リングの上で人生の最高潮を迎え、リングの外を蔑ろにしてきたラム。 彼が生きたのはリングの上でしかない。リングから降りたら何もない。 家族も、名誉も、地位も、金もない。リングの上にいることが生きること。 だから引退なんてできない。引退したら彼には何もない。 彼にとってリングにいることは呼吸することと同じ。 彼にとってリングに立つことはトイレに行くことと同じ。 彼にとってのリングの上で戦うことはベッドで眠ることと同じ。 彼はリングの上でその全てを終わらせたのだとおもう。 バカで愚かだけど、最高にカッコいい。
【ボビー】さん [DVD(字幕)] 9点(2010-05-23 21:22:46) (良:1票) |
3.《ネタバレ》 あまりに痛々しく、そして悲しい映画でした。始めから終わりまで退屈することなく引き込まれました。プロレスにはまったく興味がなく、ほとんど事前知識なしで席につきましたが、冒頭のレスラ-仲間との段取り確認と、しこんだカミソリ刃による自演流血の時点からはまってしまいました。 勝手ながらロッキーのようなアメリカンドリームの映画ではないかと思っていたら、そうではありません。プロレスラー界とそこで生きる一人の老雄を等身大に描いた愚直でまじめな映画でした。 ステイプラーガンのおぞましさ。対戦相手を気遣う戦友同士の仲間意識の暖かさ。閑散とした合同サイン会と、「8ドルだよ」と自身でお代を徴収し、ウエストバッグからお釣りを返す寂しさ。メインデッシュのPコートを少しは喜んでくれた様子に安堵したものの、2時間の待ちぼうけくらいであそこまで言うかぁ?という娘の厳しさ。我慢して総菜の盛り直しを繰り返す忍耐。キャンセルされたはずの対戦が直ぐまた復活される興行の安直さ。こうした境遇の中で心身ともみまさに満身創痍でリングに上がり、観客はそれなりに熱狂するわけですが、両者の間には背負うものについて大きな温度差があるのは否めません。片や死の淵を彷徨いながらのパフォーマンス、片や入場料20ドルで一時の娯楽を求めに来た観客達。ラムの居場所はリングただひとつしかありませんが、観客は別の娯楽は無数にある。映画は敢えてその対比をクローズアップはしませが、私は非常に恐ろしく感じました。「もう十分だ!」と言う相手構わず、命をかけた大団円を迎えるランディ・ラム。同じく「もう終わりにしてくれ!」「何故そこまで?」と叫びたくなったのは私だけではないでしょう。 ところで、ラム(雄ヒツジ)とは、字面だけではかわいいイメージがあり、リングネームとしてはふさわしくないのでは?と思いましたが、プロフットボールのチーム名でもあるし、辞書を見ると「(軍艦の)衝角」や「破城槌」という凶器的な意味もあるようなので納得しました。 【風神】さん [映画館(邦画)] 9点(2010-03-14 16:58:41) (良:1票) |
2.実はミッキー・ロークという俳優が以前から大好きで、ここ最近『シン・シティ』や『ドミノ』等で活躍する彼の姿を見ては、密かに復活を喜んでいた。80年代はセクシー俳優としてもてはやされていたが、いつの頃からか全く売れなくなり、それでも愛犬のチワワ片手に映画界にしがみついていたロークの姿は、本作のランディと驚くほど似ており、その痛々しいまでの変貌ぶりと繊細な(演技を越えた)演技は、ある程度人生経験を積んだ男性諸氏の心の琴線に触れまくるのだ。オープニングから彼の背中を執拗に追うカメラワークに引き込まれ、ラストカットからB・スプリングスティーンの主題歌へと繋がる間も素晴らしく、まんまと泣かされてしまった。 【フライボーイ】さん [DVD(吹替)] 9点(2010-01-17 17:21:23) (良:1票) |
1.《ネタバレ》 ミッキー・ロークの不器用で心優しいレスラーを見事に演じていました。 長年のファイトで全身ボロボロの上に身体にステロイドを打ちまくり、客を沸かすために事前の対戦相手との試合の段取り・・もうこれでもかとプロレスラーの生々しい姿を描かれていました。そしてリングから離れると家賃滞納、スーパーのアルバイトと過去の英雄が老い共に迎える現実の姿。試合後に見せる疲れた後姿と咳の一つ一つが痛ましく胸が締め付けられます。中盤で心臓発作を起こしたのがきっかけで疎遠の娘と子持ちのストリッパーとの仲も進んで、レスラーとして区切りを打ってスーパー勤務に専念して、ようやく普通の人生が送れるかと思いきや・・すべて崩壊・・この時の主人公の姿は中盤の凶器使用の血まみれファィトの痛々しさは比較にならないくらいでした。そして自暴自棄になり遂に自分はプロレスしかないと・・心臓に爆弾を抱えながらリングへ・・。花道を渡ると彼に声援を送る、現実世界とは比べ物にならない華やかさと熱さが伝わって、主人公も満たされた笑顔になる所は『ああっ彼はここでしか輝けないだなぁ・・』とグッときました。そしてラストでまさに自分の全人生をかけたコーナーからの飛翔でスパッと画面を黒くしてエンドロール。無駄なその後のドラマを一切流さず潔く終わらせたのは素晴らしかったと思います。あと、この映画を観た前日、2009年6月13日に亡くなったプロレスラー三沢光晴選手の満身創痍で挑んだリングで亡くなってしまった訃報を知った後だったので、どうしてもその姿と重なってしまい、ちょっと冷静に見れなくなっていたかもしれませんが素晴らしい映画である事は間違いないと思います。 【まりん】さん [映画館(字幕)] 9点(2009-06-14 17:27:08) (良:1票) |