5.《ネタバレ》 コメディ俳優のスティーブ・カレルがアカデミー賞にノミネートされたことが話題となっている本作。実在の事件を描いた陰鬱な雰囲気と、ひりつくような演技合戦が不気味に調和した1本になっている。
監督のベネット・ミラーの過去作品をみてみると、今は亡きP・S・ホフマンにアカデミー賞をもたらした「カポーティ」、そしてブラピ主演の野球ドラマ「マネー・ボール」がある。どちらも実在の人物にフォーカスした作品であり、もちろん本作でもその手腕を発揮している。
なぜ大企業の御曹司が、五輪のチャンピオンを殺したのか。結局その謎は明確には明らかにならない。しかし凶行に至ったデュポンの心境を、観客も一緒に推測できるような作りになっている点が面白い。
ドラマチックな脚色を排し、役者の演技でストーリーを引っ張っているのが素晴らしいところだ。 その空気感たるや、まるでサイコな恐ろしさを感じさせる出来であり、終始緊張を強いられる。
デュポンという男は、普通の人には理解できないほどの闇を心に秘めていたのだろう。欲しいものは何でも手に入るが、実は真の友達すらいないという特異な状況。母を愛する思いと、また認められたい(認めさせたい)という葛藤。
しかしながら何一つうまくはいかなかった。愛国心を共有する友人と、レスリングで結果を残したにも関わらず、結局母には永遠に認められなかったこと。その友人さえも、金で繋ぎ留めなければ側にはいてくれないこと。頂点に立つ男が、底辺の人々が持つような家庭を持っていなかったこと。 直接的なエピソードこそないが、デュポンの心が擦り切れ、ついには一線を越えてしまうまでが丁寧に描写されている。
また、天と地ほどの差がある人間が愛国心というキーワードで繋がるのも興味深い。彼らにとっての愛国心とは何か。 その名の通り国を思う気持ちには思えない。もしかしたら社会に適合できなかった彼らが、現実から逃れるために見つけた逃げ道だったのかもしれない。 デュポンと決別したシュルツ弟は、彼らの聖域であったレスリングを離れ、それでもなおUSAの声援を背に浴びる。焦燥や自己弁護、(彼らにとって)の愛国心を感じさせるラストまでも恐ろしく、最後まで気を抜くことができない。 【サムサッカー・サム】さん [映画館(字幕)] 8点(2015-02-25 13:47:26) (良:2票) |
4.《ネタバレ》 大金持ちが統合失調症とは、恐ろしい。 序盤から金持ち特有の傲慢さが非常に鼻につくデュポンに、こんな失礼な豪族とは友達になんてなれっこないと思っていたらやっぱり。 人を招くときは、下から出るもんですよ。主従の契約をして初めて、業務に必要な上下関係を表面上演じるんです。この段階で友達ごっこなどは、逆に要らんのです。 金で買えないものの筆頭とは、(無償の)愛と(無償の)友情でしょうが、無いものが欲しくなるのはお金持ちとしては、微妙です。 多分与えられた御曹司には、それがわからないんでしょうね。自分で築けば、判るものが。 単にいけ好かない大金持ちと思っていたら、病気でした。結果から逆算して罹患していたということになるのだなぁ。いやあ奇妙なものです。 全編暗いムードに覆われていて、怖くて怖くてしょうがない。三人の演技がいいと云われるのも納得の面白さでした。 【うまシネマ】さん [インターネット(字幕)] 7点(2019-12-29 13:24:29) (良:1票) |
3.《ネタバレ》 生まれつきお金がありあまる環境で育つのって良くないな。”何でも手に入る”ということは”何も得られない”のと同じこと。 この富豪の男が真に欲しかったのは母親の承認だもの。レスリングへの。翻って自分自身への。でも彼女の死によって永遠に手に入らなくなってしまった。 模型機関車に続き、きっとレスリングにもまた飽きるだろう。欲しい欲しい、自分への承認が。お追従ではなく真の人間関係が。鉄仮面のような無表情の下で、しかしジョンは確かに叫び続けていて、S・カレルの怖く哀れな名演だった。 自分の欲するものを全て持っているデイヴ。人望もレスリングの技術も。心の奥底で煮えるような嫉妬心はモーツァルトに対するサリエリのよう。もう少し、物語に起伏があったらスポーツ版アマデウスとも呼ぶべき名作になったかな。 【tottoko】さん [CS・衛星(字幕)] 7点(2016-10-02 00:49:53) (良:1票) |
2.僕は幼稚な男である。だから映画も、どっちかと言えばアクションバリバリとか、ホラードキドキとかわかいやすい映画に惹かれちゃうのである。この映画は、アクションバリバリとかホラードキドキとかの映画ではもちろんない。重苦しく淡々としたトーンで、全然興味のないレスリングに関わる人間を描いた実話ベースの映画である。こんなジメジメ、ドヨンドヨンした映画、普通なら退屈に感じるはずなんだけど、なぜか、映画が始まってから、一向に退屈にならない。むしろ、のめり込んで観てしまっている自分がいる。なんでだろうと考えた。僕はどーやら変人を見ることが好きなのかもしれない。この映画では変人が二人も出てくる。残りの一人はリア充。この3人の関係性にドキドキしっぱなしなんだけど。特にデュポンのたたずまいはやばい。物事がうまくいってもテンションあがるわけじゃなく、ジーッと見てる。銃でいきなり天井撃ったり、自分を称えるビデオ撮ったり、やばい感が満載。マークのありったけの食い物を食べるシーンから、その後に、体重を90分で戻すくだりもやばすぎ。人間てあんなにすぐに体重上下できるんだ。もちろんそれだけじゃない。始終漂う緊張感、それと変人で、自分とは全く違う世界の人間なんだけど、どこか、その感じわかるわーってな箇所が作品の中にちりばめられているのも大きいかもしれない。泣いたりとか感動とか何かの感情が生まれることは一切なかった。終わったあと、心にズシーンときただけである。でも映画の世界にどっぷりつかったので、面白かったんでしょう。コンプレックスをこじらせると悲劇が生まれるのは、どこの世界でも一緒である。 【なにわ君】さん [DVD(字幕)] 10点(2016-08-31 02:59:37) (良:1票) |
1.《ネタバレ》 人間なら誰しもが抱く、承認欲求、自分が何者でもないことへの不安。社会、他者、物に対する依存。 デイヴはマークを庇護の下に置き、マークは理想である兄を追い続けた。デュポンの母は名誉に捕らわれた。 デュポンは母の影に支配され続けていた。そして、マークに対しては自分と同じもの(何者かの庇護の下にいる)を重ね合わせ、自分が持っていないカリスマ性を持つデイヴに対しては憧れを抱いていた。社会、母、デイヴという存在に捕らえられ、また自分もマークを庇護し捕らえようとしていた。 自分の下を離れるマーク。自分自身であるマークを失ってしまったデュポンはついに憧れの、理想の自分であるデイヴを殺してしまう。ついに支配、人間という生き物の輪廻から抜け出すことは出来なかった。 何かを常に捕らえるかのような客観的なカメラ視点が終始続く物語の中で、何者の視点でもないマーク自身の主観ショットで自ら柵に囲まれたリングに向かうマークはこの映画で唯一独立した存在、人間ではない何かに成り得たようにみえた。 【ちゃじじ】さん [DVD(字幕)] 8点(2015-12-31 21:19:33) (良:1票) |