《改行表示》 10.《ネタバレ》 「セッション(ウィップラッシュ)」。 ドラムの猛烈な連打に始まり、廊下の向こうでひたすら打って打って打ちまくる青年の演奏からすべてが始まる。 扉は誰かが聞きに来るのを待っているかのように開け放たれており、音に誘われ接近する存在、師と弟子…いや音楽のために争い憎み合う宿敵同士が出会うのである。 男が上着を脱ぐのは暑いのではなく魂に火がついたことを告げるため。 夢が詰まった写真に想いを馳せ、恋人たちを羨み実力が中々認められない方が幸せだったかも知れない日々。 選ばれ勇気を出した途端に笑みがこぼれる手応え。ニーマンはただ音楽が好きなだけだったのに。だがその「音楽」が彼を狂気のドラムマシーンへと変えていってしまう。 クソ野郎は嘘つき、向うからやって来たチャンスは地獄への誘い、薄暗さが息苦しさを伝える練習場所、秒針が揃った瞬間に黙り視線を避け静止する演奏者たち、張り詰める緊張。 機関銃の如くツバと暴言を浴びせまくる鬼教師フレッチャー。打ち震わせながら両手を振り上げ、椅子を投げ付け、平手打ちを浴びせまくり、ドラムを投げ飛ばし蹴り飛ばし、大恥をわざとかかせて精神的に追い詰める。「フルメタル・ジャケット」のハートマン軍曹もここまでしねえ。 かと思うと涙を浮かべて悲しみ寂しげな姿を見せたりもする。その二面性が怒りを爆発させ襲い掛かる恐怖をより引き立てるのである。 ニーマンも青春、友情、恋愛、学生生活…すべてを破壊するようにドラムを叩き続ける。無数の弾痕の様に刻まれたドラムスティックの痕。彼がBフラットで締め、打ち込めば打ち込むほど周囲の人間への関心は希薄になり、恐怖に怯える群衆の一部と成り果てる。 フレッチャーの生徒たちが他人を責めるのも「自分が殺されるではないか」という恐怖からだ。犯人がわからないというのが一番怖い。みんな巻き込まれるのが嫌だから敬遠し、奏者たちの孤独が加速していく。 手や指をマメだらけにし、それを絆創膏で潰すかのように貼り付け、痛みに耐えながら音の一つ一つを肉体に刻み叩き込んでいく。怒り狂いドラムを叩き壊し、血まみれになろうが氷水の中に手を突っ込んで冷やしてまで打って打って打ち続ける。リチャード・ブルックス「最後の銃撃」を思い出すような狂い振り。 家族の団欒も罵り合いで台無し、映画を親子で見ても気分はそれどころじゃねえ(ジュールス・ダッシン「男の争い」の音楽がちょろっと聞こえてくるだけ)、トラックとぶつかり血まみれになろうがこの音楽キチガイを止める事はできない。 不意に現れるライバルと過酷なドラムス争い、喪服のように彼等を包み込む正装、動かない手を無理やり動かし続けようとする痛ましさ、涙、滝のような汗、シンバルに飛び散る鮮血を流し自らを燃やし尽くす壮絶な演奏。音楽を楽しんでいる余裕などない。 野郎を黙らせてやる!俺の音楽で叩きのめしてやる!!ブチ殺してやる!!!…そんな憎悪すら感じさせる。 すべてを失い氷の様に冷め切った姿、思わぬ再会、謎の密告者、悪魔の誘い、席に座った瞬間に戻り出す感覚と手応え、騙し討ち、追いかける者、見守ってくれていた者、クソッたれへの反撃の合図!それに演奏で、シンバルをぶつけて、目玉をくり抜くどころか手助けし、真剣な眼差しを送り、上着を脱いで応える!! 理由なんてもうだうだっていい、誰のためでもない、ただただ音楽が大好きだからこそ笑い、演奏を、指揮を続け、肉体の、魂の、すべてのエネルギーを注ぎ込む。 キャメラはそんな男のドラムスティックを追いかけ回し、楽器が生き物のように力強く動く様を、雨の様に注がれる汗をフィルムに刻む。 ●セッション(短編) 長編「セッション(ウィップラッシュ)」の原型となった短編。 ドラムと無数のスティック痕、扉から近づく者の姿、おもむろにシンバルを撫で椅子に座る。そこには期待と夢を見る青年の笑みが浮かぶ。 雪崩れ込む演奏者たち、挨拶、Bフラット、秒針が合わさるとともに姿勢と視線を正す。 上着を脱ぎ、視線を交え指導が始まる。 唖然としてページめくりに遅れ、水を吹き出す楽器、汗を流す奏者たち。 部屋の白さがまだ息苦しさをあまり感じさせないが、視線を合わせないのは恐怖の現れ、追い付こうと必死に楽譜と睨めっこ、アドバイス、自信を持たせるようなことを言って徐々に苛烈になっていく指導、椅子を投げつけ暴言とツバと平手打ちを浴びせまくり徐々に息苦しく胃のキリキリするような空間に。 厳しい現実の前に涙を流し途方に暮れる青年…しかし本当の地獄はここからだった。 【すかあふえいす】さん [DVD(字幕)] 9点(2016-08-24 16:15:59) (良:1票) |
9.《ネタバレ》 ラストのコンサート、常人の判断なら、「わざわざ観客の前で演奏を台無しにして、フレッチャーにとっては損しかないのではないか?」と思うところです。しかし、この時点でフレッチャーは、「お仕事」として請け負っている指揮業を無事にこなすよりも、千載一遇の好機で訪れたニーマンへの報復を実現することが優先であり、むしろわくわくしていたはずなのです(2曲目に予定していたのが、彼の嗜好とはおよそ相反する「スローな曲」だったことからも、彼がステージ自体にはそれほどやる気がなかったことが窺える)。つまり、はっきり言えばフレッチャーは狂っていたわけですが、その作戦も、彼が自ら育て上げたモンスターであり、同じく狂っていたニーマンによって逆襲される(ニーマンの狂気の引き金として、ニコルとの電話のあの一言というステップがさりげなく挿入されているのも巧妙)。その狂気と狂気のぶつかり合いも、彼らの唯一の共通項であるジャズによって共鳴し、いつしか渾然一体として統合されていく。そんな奇跡の瞬間を具現化したものとして、ステージ上での演奏そのもの以上に、あのラストは衝撃なのです。 【Olias】さん [映画館(字幕)] 7点(2016-08-14 00:29:49) (良:1票) |
《改行表示》 8.《ネタバレ》 評判は聞いていましたが、なかなか凄かった。この種の作品は、全く同じではないけど「アマデウス」以来でした。 本作を見る限り、「美」を創造・受容する能力と人間性は全く相関が無い。一芸に秀でた人が人間的にも優れているか云うと、そんな保証はどこにも無いってことですね。ウンウン、その通りだと思う。 彼らは「美」を追及する為なら何をやっても許される。許されるは言い過ぎだけど、やっている本人の視界に常識が入り込む余地や余裕は無い。天才同士、あるいはキチガイ同士、分かる者だけに分かる特別な次元のコミュニケーションがある。そんな映画だったと思います。 本作は音楽を題材にしていますが、おそらくヒトの営みが及ぶ全ての領域で同様の次元がある気がします。経営者なんて人間性を疑うような人の方が成功していますものね。タイムリーにはト○ンプ氏。 こんな奴らには近づきたくない。そう思いつつも、何かひとつでいいから分かる力を授かりたかったと意識している自分もいるみたいです。持たざる者を羨望させる恍惚感が漂う結末でした。 【アンドレ・タカシ】さん [CS・衛星(字幕)] 8点(2016-07-20 19:47:59) (良:1票) |
7.《ネタバレ》 妙に宣伝されまくりで、逆に引いてしまって冷めた目で傍観していたのですが、観てみたらかなり良かったです。これは生きる強さを教えてくれる映画だなと思いました。普通なら「こんなヤツ2度と信じるもんか!」と思いたいところですが「次のチャーリー・パーカーは何があっても挫折しない」この一言だけで全てを飲み込んでしまえる。納得してしまえる。この言葉こそは教師が主人公(そしてこの作品を観る者)に贈る最高のプレゼントだと思う。「どうせやられてしまうなら、自分からその人生を降りて行くのなら、自分の全てをぶつけ切ってからだ‼︎ どんな邪魔をされてもはねのけてやる!」そういう気合いがビシビシ響いてきました。主人公を呼んだのは教師なのだから、主人公は公の場でどう勝手に暴れようと責任は教師にある。才能がなければただ滅茶苦茶にしてやる反抗しかできないだろうが、才能がある者は、反撃の牙を自分の為にも敵の為にも仲間の為にもプラスに変える力があるということだろう。主人公はただ天から才能をもらったのではない。文字通り血のにじむ努力が描かれていた。それをやってきたからこそ、何が何でも粘れるとも考えられます。努力が無駄だったと思いたくないから。『自分を大切にできる』というのは、こういう裏付けがあればこそなんではないかと思いました。自分を愛することができるように、自分もできるだけ頑張るようにしたいと思いました。 【だみお】さん [DVD(吹替)] 8点(2016-05-09 21:23:30) (良:1票) |
《改行表示》 6.《ネタバレ》 「密告したのはお前だな 舐めるなよクソったれ」 ここからの鳥肌と緊張感は半端なかったですね。 フレッチャーをニーマンが密告した復讐劇。 恨みを晴らすためならプロのジャズ団も関係ない。 そして してやられたニーマン。新作の曲を知らされずに演奏が始まり案の定ぐだぐだ。 フレッチャーの思い描いた通り、色々な人が見ている中で「音楽人生を終わらせる」って感じですね。 ここで終わりでも面白かったけど、どんでん返しのニーマンの逆復讐。 勝手にドラムを叩き始め周りは唖然。もちろんフレッチャーも怒り心頭。 それでもなお叩き続けるニーマンに合わせざるおえなくなったフレッチャー。 フレッチャー自身も「クソったれ」と罵倒するほどの怒り。 ……しかしあまりものドラマの輝きに心の変化が見えてきたフレッチャー。最後にはドラムの傾きも自ら直しに行き、指示するほどに心の変化が。 そして最後の最後。フレッチャーの鼻から上がアップになったシーン。 何かを口から発していました。 しっかり見た人なら分かったでしょう。 「good job 」 【映画泥棒】さん [映画館(字幕)] 8点(2015-11-23 17:12:22) (良:1票) |
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5.《ネタバレ》 これぞセッション! いや パッション!! なりっ!! 【午の若丸】さん [ブルーレイ(字幕)] 9点(2015-10-28 21:36:17) (良:1票) |
《改行表示》 4.《ネタバレ》 主人公・アンドリューがフレッチャー教授率いるバンドに参加した初日。休憩時間中にはワイワイ楽しくやってた先輩達が、フレッチャー入室と同時に凍りつき、ヘタに目立ってはいけないと全員が目を伏せる光景から、これはドえらい所へ来てしまったという緊張が走ります。その後、何度も何度も同じパートを演奏させ、「お前の音はズレてるのか?ズレてないのか?」と執拗にデブをいびり倒す辺りから、フレッチャーは本領を発揮し始めます。とはいえ、この状況、この迫力で問い詰められて冷静な分析などできるわけもなく、事実がどうであったかよりも、どう答えれば場が収まるのかを考えてしまうのが人情というもの。可哀そうなデブはそんな魂胆をフレッチャーに見透かされ、バンドを追放されてしまいます。フレッチャーほどではないにしても、どう答えても地獄が待っている無限ループの理不尽な質問責めは多くの人が経験したことがあるだけに、作品のつかみにこれを持ってきた監督の采配は見事でした。ここで私は一気に引き込まれました。 アンドリューの音楽家生命を完全に潰すために晴れの舞台で騙し打ちをしたことから、フレッチャーの人間性が腐っていることは間違いありません。ただし、音楽家としての指導方法の是非については評価に迷います。彼は数十年に一人の天才を発掘し、その才能を開花させることを目標としており、そもそも凡人を相手にしていません。よって、ほとんどの生徒は、彼の指導に付いていけなくて当然なのです。さらに、一般社会と違って音楽は一部の才能溢れる者のみで占められる世界であり、人よりも上手程度ではプロとして生きていけないだけに、彼の目標設定も的外れではありません。また、結果的にその目的を達成して一人の天才演奏家を作り上げることに成功したのだから、その方法は事後的に肯定されえます。新入生クラスで譜面めくりをしていたアンドリューに何かを見出してバンドに参加させたのはフレッチャーであり、音楽家としての慧眼も彼にはあったのです。 ただし、過剰な指導方法は多くの脱落者を生んでおり、本来は才能を持っていた者が、それを開花させる前に道を断念したかもしれないという可能性も否定できません。日本の部活動等でもしばしば取り沙汰される問題ですが、一流の人間を作りたければある程度のしごきはやむを得ないが、どこまでやるべきなのかという難しい線引きについて考えさせられました。 【ザ・チャンバラ】さん [ブルーレイ(吹替)] 8点(2015-09-19 02:13:48) (良:1票) |
3.ホラーではないのですが、それくらいの緊張感と100分の上映時間がちょうどいい作品です。お金を使った壮大な作品も映画の醍醐味だと考えますが、この作品を見て思うことは、けしてお金をかけなくても、心に響く作品が出来るのだと痛感させられるということをです。終わった時に拍手がおきたのは初めての体験でした。 【naniwahito】さん [映画館(字幕)] 9点(2015-05-13 11:16:47) (良:1票) |
《改行表示》 2.《ネタバレ》 これはこれで見世物としては面白かったんですけど、でも、そうかなぁ? 違うんじゃねえかなぁ? とか思いながら見てたのも事実で。 もっとストイックで研ぎ澄まされた映画だと期待していたのですが、ワリと下世話。なんかエゴとエゴがぶつかり合ってガリガリいってて、ノイズだらけでうるさい映画って感じ。ノイズってのはもちろん音響の話ではなくて、遅刻だの事故だの自殺だの辞任だの告げ口だののゴタゴタした話。そういう人間の生の部分から音楽が生まれてくる、にしたってこの映画は相当にうるさいっしょ、みたいな。 もちろん、努力がとても重要なのは確かなのですが、むしろ、こういう生き方からはそういう音しか生み出されないんじゃね?という感じもして。実際、そのサウンドはそういう音に聴こえて、それは決して耳に心地よい素晴らしい音楽とは違うモノのようで。 なんだか結構一面的なモノを見せられちゃったなぁ、という感じ。こうなるともう自己陶酔、自己完結の世界ですよね。そこにあんまり感情移入はしたくないなぁ(笑) もっとも、私にそういう拒否の感情を抱かせたのもこの映画なりの強い個性が存在していたからこそなんでしょうけれど。良いか悪いかは別として、見ておいて損は無い映画でした。 【あにやん🌈】さん [映画館(字幕)] 6点(2015-05-04 13:50:04) (良:1票) |
1.《ネタバレ》 体罰やハラスメントを肯定しているわけではないと思いますよ。いわゆるスポ根でもない。これは人間同士の戦いを描いた映画なのです。絶対的存在であるフレッチャーに抵抗し、対立するような行動を取るのはニーマンだけ。彼だって最初のうちは圧倒されるだけだったけど、フレッチャーのバンドに所属する中でドラムの腕も人間としても少しずつ成長し、ついに対立できるようになった。元々は実に未熟な人間だったわけですよ。彼女を一方的な思い込みで振ったりするような男だった。フレッチャーに抗うことで、否定することで成長したわけです。共にルートを外れ、互いの気持ちがぶつかり合った最後のセッションは映画史に残るシーンと言って過言ではない。宣伝文句と意見が一致するなんて珍しいことです。 【カニばさみ】さん [試写会(字幕)] 8点(2015-04-09 22:52:43) (良:1票) |