37.この映画、私にとっては歳をとるにつれてより強く心に響いてくる映画だ。先日BSで見た時には原節子が「毎日が何事もなく過ぎて行くことが耐えられないです。このまま行ったらこの先どうなっちゃうんだろうと考えると恐ろしいんです。」と言う言葉が身につまされた。死んだ旦那の事を思い出さない日が多くなり、ひとりじゃとってもいられない。ホントは明日にでもお嫁に行きたい。けど、そんな人間が現れないのか彼女に勇気がないのか・・。そう考えると彼女の義理の両親に対する心遣いには、どこかに罪悪感もあったのではと思えた。「私、ずるいんです」と言って泣く彼女は笠智衆にそんな気持ちを分かってもらい、さらに許してもらいたかったが、「それでいいんじゃよぉ」と微笑む笠にはどうやら通じなかったようでそこがまた痛い。悲しんだり現実的になったりする死にまつわるシーンにも馴染み深いものがあり後半は泣けてしょうがなかった。人間てちっぽけで悲しくて、でも美しいもんだなぁと思った。 【黒猫クロマティ】さん 10点(2003-12-15 11:59:17) (良:5票) |
36.今、どこであるのかを、例えば煙突からモクモクと煙が出ているカットで「東京」と判らせ、冒頭と同じ画を見せることで「尾道」だと判らせ、旅館と海が当然「熱海」で、「大阪」は大阪城のカットをもってくる。今、どの家にいるのかをその前に差し込まれる美容院や病院の看板が語ってくれる。説明セリフやナレーションが無くても画だけで判らせる。 大半が人物が大写しで映される中、例えば熱海での翌朝の老夫婦の後姿や、半ば追い出されたカタチの二人の道端に腰掛ける姿や、一人で朝焼けを見ていたと言う妻に先立たれた父の姿は小さく小さく映し出すことでその寂しさを表現する。老夫婦の尾道の家での会話に近所のおばさんが割って入る。老夫婦のあいだにおばさんがいる、という構図を、妻亡き後もそのまま同じ構図で映し出す。妻のいた場所がぽっかりと空いた構図が強烈な喪失感を演出する。映画とはまさにこういう作品のことをいうのである。しかしそれだけでは傑作とは言えない。この作品は映画として本来当たり前にすべきことをちゃんとしていて、それをベースに小津流の独特の画と独特の間で小津らしさを出し、さらに老夫婦をメインにした「家族」のストーリーの中から、東京で一人で生きる女の物語をラストで出現させるという構成が素晴らしすぎる。終始見せてきた原節子の意味ありげな視線が本当の「東京物語」の伏線だったのである。傑作です。 【R&A】さん [DVD(字幕)] 8点(2006-01-16 12:53:37) (良:4票) |
35.僕は20代だけど面白かった。最初こそ「ヤベ、退屈だ…」と思いましたが、ちょっとだけ我慢して観てると、家族と世の中のいろんなカラミがあるうちにどんどんどんどんハマっていった。こんなイイあんばいの映画って今じゃあり得ないですよね。表面的満載なのに深いっていうか。おじいちゃんとおばあちゃんが終始ニヤニヤしてるのとか、哀愁漂ってたまりません(笑)気付けばこっちがニヤニヤしてるし、笑うところなのかどうかわからないけど笑っちゃうし。観終わったあと調子に乗って、いつもはうんざりするはずの親父の昔話を聞いてやると、このときばかりはイメージが湧いてすごく共感した。僕は感動しながら「(今は亡き)おじいちゃんが戦争から帰ってきたとき、おじいちゃんどんなだった?」と聞くと、「んんん……(当時六歳の親父は)家にヘンなオッサンが入ってきたと思ったよ」と言うので、二人で爆笑し、うわー知らなかったと思って泣きそうになった。 【アランチャ】さん [DVD(字幕)] 9点(2005-07-08 04:10:33) (良:3票) |
34.開始五分はとにかく穏やかだった。その五分と言う間に、日本映画の“静けさ”の本当の意味を知った。音楽はいらない、日常の音がただ静かに音楽のような役目になって、二人の会話を浮き立たせる。そして二人の穏やかな会話が心を和ませた。自分が持っているのにも関わらず、自分は持っていないと言って強情を張り、でも結局自分が持っている事がわかると、黙り込む。しかし妻は決して夫を責めない。その心の余裕、やさしさに感動し、泣きかけてしまった。二人は決して争い事を起こさず、無理もまったくせず、ただ自然に相手を想い合う老夫婦。優しさに満ちていた。そして僕の心は完全に癒され、幸せな気分になった。この時点で既に10点をつけると確信した。そして二人は東京へ。大都会、多人口、日本の中心へ。未知の世界へと足を踏み入れた二人だった。始めは子供達も親切に親を想い、見ていたが、徐々にその姿も雑になって行く。その姿はあまりにもあからさまで、僕自身、怒りの感情が爆発して、壁に穴を空けてしまうのを抑えるのにすごく苦労した。どうして親の気持ちを理解しない?親がどれだけ我が子を想い、どれだけ愛しているかなぜ解らない?親が何を求めて東京に来たのかなぜ気付かない?あまりにも辛く悲しかった。観続けているのが辛くなった。そんな中、血の繋がりのまったくない紀子だけがこの辛さ(暗さ)に光を灯していた。老夫婦を心から想い、優しく包み込む紀子。あまりの優しさ、親身さに涙が止まらなかった。血の繋がりはなくとも、まるで親子のような“愛”が老夫婦と紀子の間にはあったのに、実の子供と親の間には薄っぺらな形だけの親子のような関係のようにしか見えず、悔しさすら込み上げ、奥歯を噛締めても涙が止まらなかった。本当に親子の絆はこの映画のようにいつかは薄れてしまうのだろうか?そんなの辛過ぎます。悲し過ぎます。僕は絶対そんな大人にはなりたくない。でも、今はそうならない自信がある。それはこの映画を観たから。僕に親という掛け替えのない存在の大切さに気付かせ、深く考えさせる切っ掛けを作ってくれた。僕はこの気持ちを絶対に忘れない。僕に親の大切さを“映画”という形で教えて下さった小津安二郎監督に、感謝の気持ちと敬意を払い、10点を点けさせていただきます。僕はこの映画が大好きです。本当にありがとうございました。 【ボビー】さん 10点(2004-08-23 15:17:13) (良:3票) |
33.はとバスが案内する東京は戦後復興したキレイな東京であるが、子供の家から見上げるリアルな東京は煙突から立ち上る煤煙だらけの空。子供達にとって父母の到来が非日常となり、必ずしも望むべきものではなく、彼等の行動、セリフはあまりにリアルであるが実の子だからこそのものである。一転して好意的な次男の嫁こそがしたたかであり、女一人で生きている彼女がまるで東京の象徴のように映る。随所に見える彼女のエゴ、義理の父母が訪ねて店屋物で夕食を済まさせ、母が泊まった際にも「尾道へお越しなさい」という言葉に「遠いので」と答え、義理の妹には「夏休みには東京へ遊びに来なさい」と再三誘っている。そんな彼女の自らのエゴに対する罪悪感が「私ずるいんです」と告白させる。それに対し「いいんじゃよ」と父は寛容と愛情で応える。静かな映像の中で見せられるそのリアリティは、痛烈な毒を持ち、父母の素朴さにより一層胸を締め付けられる。核家族社会であり続ける限り、この映画は永遠普遍の名作であり続けるだろう。 【亜流派 十五郎】さん 10点(2004-01-14 18:19:15) (良:3票) |
32.30年ぶりくらいの鑑賞。当時はまだ私も学生でそんなにピンと来てなかったが、子供が大きくなり両親も年老いた今改めて観ると、色々と胸に去来するものがある。決してつまらない作品ではないが、面白いというのもちょっと違うような、点数をつけるという行為があまり馴染まない作品。ただ、これが「名画」であることは揺るぎがないような、そういう独特の風格はある。 【すらりん】さん [CS・衛星(邦画)] 7点(2024-10-04 20:05:06) (良:2票) |
31.家族なんて幻想、というよりは家族なんてこんなものでしょ?というお話です。意外と原節子の出番は少ないなあという印象を受けます。それよりほとんど杉村春子の映画かもしれませんね。終始親に対して毒づいているんですが親の死を目の前に突然泣き崩れるシーン、あれはすごい演出だと思います。個人的には原節子と杉村春子の役は逆にした方が面白いと思います、今のままですといかにもな美人の聖女と憎まれ役のように受け取られてしまいますから。孝行したい時分に親はなしなんて映画を見ていれば普通にわかるものを台詞で言っちゃうのもなんだかなあという感じです。間違いなくいい映画ですけどもうちょっとつまんないと文句を言う人間が多いぐらいでバランスが取れるんじゃないかと思いますね。小津安二郎の真似なんて誰もできないのにこれが神格化されたせいで日本映画がつまんなくなった部分もあるんじゃないでしょうか。まあそれでも大多数から支持を受けているのはきっと似たような経験をした家族が日本にはたくさんいるからなんでしょうね。世界にも似たような人たちがたくさんいるんだったらいいのですが、批評家や作家しか見てない上にオリエンタリズムでも評価されてそうなのが嫌な感じではあります、ってこれは当の日本人にも言えるんでしょうけどね。 |
30.七人の侍と肩を並べる邦画の傑作と聞いて視聴したけど、本当に面白くなかった。 低位置でカメラを固定して撮る手法が持ち味なんだろうけど、はっきり言って工夫を放棄してるだけに見える。 「○○だねえ」「そうですねえ」「○○だねえ」「そうですねえ」と、こんな単調な会話(しかも棒読み)の連続でテンポが異常に悪い。登場人物はやたらウムウム相槌を打ちすぎ。 終盤の周平と紀子の謙遜合戦で眠気がピークに達した。
もしこの作品をネームバリュー皆無の無名監督が撮っていたとしたらここまで評価されていたのか、甚だ疑問です。 【理不尽みるく】さん [DVD(邦画)] 0点(2009-08-11 02:46:08) (良:2票) |
29.この作品は間違いなく小津監督の代表作である。そして、この映画が何故、名作であるかと言われたら、それは何よりも世界共通のテーマである家族の問題、普遍性を感じるからこそであると私は思う。この映画で描かれている家族の崩壊というそのテーマこそ正に現代に通じる大きな問題点であり、それを既にこの時から先を見据えて描き出す小津監督の持っている感性の鋭さ、幸福な過程に突如、訪れる不幸、誰もが一度は経験するであろう人が生きて行く上で欠かすことの出来ない普遍性に誰もが観た後、何かを考えさせられるはずです。そんなこの作品、やはり誰もが発する言葉の美しさ、現在の日本人に失われつつある言葉の美しさがこの作品の中には見える。その言葉の美しさがあるからこそこの映画は人々の心を打つ、感動させるものがあると言えるそんな作品が正しくこの映画!何を言ってるのか全く解らない今の人達こそこの映画を観て、言葉の美しさを学ぶべきだと声に出して言いたくなるほどの本当に全てにおいて美しい作品です。小津映画の特徴にある笑いは少ないかもしれないが、これほど言葉の大切さ、人の心の温かさを教えられる映画はなかなかありません。小津映画を見ないで日本映画を語る。日本映画なんて、面白くも何ともないなんて言うのは大きな間違いだ!この映画を観ると少なくとも今の日本映画にはない何かが見つかる。感じられるはずです。 【青観】さん [映画館(邦画)] 10点(2005-07-03 17:34:47) (良:2票) |
28.若い人に眠らずに観ろというには無理がある。ハリウッド映画の優位性に対する日本映画の反撃の題材として過大評価されすぎの感がある。また、小津を高く評価することで映画通のようにも聞こえる効果が見せ掛けの高評価につながっている。カットやカメラワークなどを論じても、所詮技術論であり、それを駆使して表現された内容が面白かったり共感できるというのが前提の話である。共感できない観客に技術論をぶちかましても、芸術学部の学生以外には意味が無い。多くの観客にはその内容が勝負であり、内容がある特定の年齢や境遇になってはじめて共感できる映画の評価をどう考えるかで点数が異なる。『ポケモン』や『セーラームーン』シリーズが10点なら、この映画も10点でよいかもしれない。いっそうのこと、この映画をR45(45歳未満に対して上映禁止)にしてはどうだろうか。そうすれば無駄な時間を過ごす、若者と同様な境遇に無い中高年の数を減らせるかもしれない。R45なら6点以上はあるが、不特定多数を対象とするなら3点どまりといえる。 【ダルコダヒルコ】さん [映画館(字幕)] 2点(2005-02-07 01:08:52) (良:2票) |
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27.「私ずるいんです」 笠智衆に対して頑なに言い募る原節子は、最後に救われたのだと僕は思う。「東京物語」とは、大都会でひとり生きてきた原節子演じる紀子が自らの頑なさを笠智衆という在るがままの御仁にぶつけることによって救われる物語なのである。もちろんこの大傑作映画は、登場人物たちのさざめく日常を丹念に描き、様々な人々の様々な奮えを静謐に表現することによって、実に多面的で奥が深い作品となっている。その多くの場面に僕は感銘を受けた。 それでもやはり、原節子という優しさの象徴のような女性がその内情の弱さを吐露する場面は、この物語のクライマックスであり、それは笠智衆という「精神」の静かな態度によってしっかりと受け止められるのである。最終的に、笠智衆は妻に先立たれ、子供達には厄介者扱いされるような不遇の立場にあるわけだが、彼はその立場を捩れなく自然に抱えこむことによって、決して自らの弱さに屈しない、かつ自らの強さを誇張することのない凛然とした「勁さ(つよさ)」を見出すのである。原節子が最後に救われ、癒されたのはそんな彼の自然さであり、「勁さ(つよさ)」である。彼女が自分の「ずるさ」と自然に向き合えたことこそが彼女自身の癒しだったのだ。 笠智衆が一人佇む最後のシーン。彼が自分の人生を十分に反芻しており、そのことから滲み出る自然体であることの「勁さ」というものを僕は切に感じることができた。そして、僕も救われたのである。 【onomichi】さん 10点(2004-08-25 01:20:02) (良:2票) |
26.小津作品初めて拝見しました。この作品の良さは若い頃見ていたらきっと今ひとつ充分に自分の心に伝わらなかったのでは、と思っています。自分もある程度の年齢に達し、結婚し、子供も出来て親になってここに登場するそれぞれの人たちの気持ちがよく理解できるようになりました。結婚すると親の事を決して邪険にするわけではなく自分の生活の事をまず考えてしまいがちになるし、そこには親子だからという甘えもあります。子供というのは親が子供を思う程親の事は考えないものなのですよね。あの時にもっと親孝行しとけばよかったな、、と思う頃には親が亡くなってたりです。普段忘れがちになる親子の気持ちや生きてゆく事の意味などこの作品から教えられた気がします。劇中出てくるセリフのひとつひとつよく親や親戚たちとやりとりしてた言葉だったのでよけい胸に響いてきました。(特に“あんたが大きくなる頃にゃ婆ちゃん生きとらん~”のセリフは、うちの母が今子供たちによく言ってることだ)ラスト近く一人になった周吉が海を見つめているシーンは、三年前に亡くなってしまった自分の父親と重なって泣けてきました。 【fujico】さん 10点(2004-02-16 15:34:03) (良:2票) |
25.紀子は、夫の死を経験し、今なおそれが身近に感じているから、他人である夫婦に優しくできたのかもしれない。 と鑑賞して、しばらくして思った。(赤の他人に、心の内を話すことがあるという現象と似たようなものがあるかもしれない) 子供たちは、今の日常が突如失われるかもしれない、そして必ず訪れる。。と、気づいていない。 気づき、考えたかもしれないが、受け入れたくないのでそれを忘れる(忘れようとする)。。。
気づいたときはもういない。(親も、子供も、妻も、夫も、兄妹も・・・順番なんかわかんない) ということに気づかせてくれる作品なのかも。
自分の親が同じぐらいの年齢なので、考えさせられた。 年齢とともに、見方が変わっていく作品だろうと思う。 【へまち】さん [CS・衛星(邦画)] 8点(2023-12-17 16:13:29) (良:1票) |
24.20年前にレンタルビデオで見た時にはとくに感動しなかったが、今日映画館で見て感動した。襖の影から人が現れて襖の影へ消えるの繰り返し、膝の高さのローアングル構図、小津映画のお約束をこれでもかと見せつけられる。しかし心に残るのは深い感動であってテクニックそれ自体ではない。ベタな平凡なストーリーを展開させて、人生の普遍的な喪失感が胸に迫ってくる。何故そんなことが可能なのか小津の魔法使いとしか言いようがない。 【ブッキングパパ】さん [映画館(邦画)] 10点(2020-12-12 16:45:51) (良:1票) |
23.これはまあ、何と言ったらいいか、言語に絶する、あるいは言語道断(?)とでも言ったらいいのか こんな完璧な映画作っちゃいけませんよ。
レオ・マッケリーの「明日は来らず」にインスパイアーされて作ったということで、 あちらも、見捨てられた老夫婦が自分たちで生る道を模索するさまが悲哀とともにが描かれて素晴らしい作品だが、 これはさらにその域を越えて、諦念とそれを許容する寛容が、世界的なスケールで描かれ、ほとんど普遍の域に達している。
不朽の名作とはこういう映画のことを言うんでしょう。映画史上、永遠に残る傑作です。 【kinks】さん [映画館(邦画)] 10点(2015-10-04 23:32:00) (良:1票) |
22.この映画がもてはやされるのに、どこか引っ掛かってました。終盤の「母の死」という事件が、映画の中であまりに大きな転機になっていて、これは通俗性の表れだろう、と思ってました。だから世界中で受け入れられたんだろうと。しかし本当にこの作品が小津作品の真骨頂みたいな扱いで、良いのか、と。……しかし、自分にも子供が出来て、子供の事を「何か頼りないなあ」とか「でもまあ頑張ってるよなあ」とか言う立場になってから、改めて観た時、本作はどうにもタマラン映画なのでした。背中を丸めた年老いた親、その親を邪険にする子供たち。いや別に邪険にしている訳ではなくて、いわば空気のようなアタリマエの存在だからこそ、なのかも知れないけれど、血の繋がらない人たち(原節子とか中村伸郎とか。それこそ東野英治郎とか)の方が余程フレンドリーな描かれ方をすることで、子供たちのよそよそしさが目立つことに。しかし、親としては、子供たちが順調に育ってくれて(当時は「戦死」で息子に先立たれるなどという理不尽もあった訳で)、家庭を持ち「自分たちの世界」を持ってくれれば、それで良いのだな、と。孫より子供の方が可愛い、という、無限の愛情、それが一方的なものとなってしまうのは、やはり必然なのか。医者になった息子に最期を看取ってもらえる、というのが、幸せであり、また幸せの限界でもあるのか。妻の死を目前に静かな表情で「そうか、いけんのか」「そうか、おしまいかのう」とつぶやく笠智衆。感情を露わにしてくれた方が観てるこちらにも救いがあるのに、「どうしてそういう言い方するのよ」と悲しくて仕方がない。まあ、脚本に書いてたとか監督に指示されたとかいうのがその理由なんでしょうが(そう思わなきゃ、やってられませんわ。笑)。この静かな表情からは、「自分たちは役割を終えた」という諦念がにじみ出て、映画を通じて登場する背中を丸めた座り姿とともに、忘れられないものとなりました。しかし彼にはまだ、最後の「役割」が残っている、それは、自分の子供たちだけではなく、すべての子供たちにかける言葉。未来があり、自由があり、しかしそれを行使し切れずにいる、原節子への言葉。やがては子供たちの世代もいずれは孫を持つ世代となり、すべてが繰り返されていく訳で、永遠のテーマですなあ。そしてこれも変わらぬ、尾道・浄土寺。 【鱗歌】さん [CS・衛星(邦画)] 10点(2013-02-22 04:12:38) (良:1票) |
21.何も起こらないとても退屈なつまらない映画です。ただ、見終わった後すごいものを見た事だけがわかります。残念ながら今の私にはそれをあらわす事ができません。何十年か経っていつの日かこの映画の真の素晴らしさを理解し言葉であらわせれるような人間、映画好きになっていたいと思います。余談ですが、私は恋愛映画が大嫌いです。一般的な恋愛映画で描かれる恋愛というのは非常に薄っぺらい関係だと思っています。しかしこの映画で描かれている夫婦は好きだの愛しているだのそんな安っぽい言葉を使わずとも、信頼関係を通り越し信頼という言葉すら必要ないほどの愛情を感じました。日常のたわいない会話の一つ一つにどきどきしてしまいます。私にとっては最高の恋愛映画だとも思っています。欲張りな私は何十年か経って人間、映画好きと併せてこんな夫婦になっていたいと思います。 【pnpls】さん [CS・衛星(邦画)] 10点(2012-04-18 09:37:59) (良:1票) |
20.おじいさんとおばあさんの「ありがとう」の言葉がいつまでも胸に残っています。優しさを刺激してくれる素晴らしい映画です。 今の時代にも通ずるものがあって色あせない情感があります。 【さわき】さん [CS・衛星(邦画)] 9点(2011-05-04 00:49:10) (良:1票) |
19.何と穏やかな老夫婦だろう、癒されるな~。熱海で温泉を満喫したけど、夜は賑やかすぎてなかなか眠れない→翌朝、海を眺める二人「帰ろうか」 かわいいとさえ思えてきます。お気に入りはとみさんが孫に語りかける場面。孫の成長を見守りたいけど、虫の知らせがあったのだろうか、その哀愁たるや尋常ではない。「あんたがのう、お医者さんになるころ、お祖母ちゃんおるかのう・・・」 泣けます。この物語に悪役はいない、みんながとてもリアル。杉村春子さんが演じた「しげ」は嫌われる役かもしれないけど、決して悪人ではないし、酔った父親とその友人を布団に寝かせるなど、優しいところもあります。椅子に寝てるんだから放っておく人もいると思いますけどね・・・ 旦那(中村伸郎さん)は二階行き。「子供より孫がかわいい」は定説だけど、それを否定した周吉、とみ二人の会話も面白かった。小津さんは孫どころか結婚もしなかったのでそんな風に思えたのかもしれません。 【リーム555】さん [DVD(邦画)] 8点(2010-09-01 22:00:52) (良:1票) |
18.湯煙たなびく山あいの温泉に浸かり、星空見上げて深呼吸しながら、やっぱオレ日本人に生まれて良かったあ~!ってしみじみと思う瞬間があるけど、僕にとっての小津映画とは正にそれと同じ。もはやとうに失われてしまった純ニッポン人の美点、礼儀作法、奥ゆかしさ、ちょっとした気兼ね気配りみたいなものが、この映画を一本観さえすれば全て入ってますね。自分の好みと、「何度も繰り返しみたくなる」欲求という点では『彼岸花』の方が勝るけれども、映画の完成度という点ではこちらの方に軍配を上げざるを得ません。 【放浪紳士チャーリー】さん [地上波(邦画)] 9点(2007-07-28 11:21:31) (良:1票) |