10.《ネタバレ》 平均的を下げてしまい、申し訳ありません。 結論から書くと、私に取ってはとんでもない駄作です。 26年もの歳月と莫大な費用を掛けて、あの滅茶苦茶な TVシリーズ最終回をそのまま作り直しただけとしか私には思えませんでした。 お断りしておきますが、私は一連のエヴァシリーズのコアなファンでは有りません。 TVシリーズを観て、途中迄は表現するのが難しい位の高揚感を感じました。 「これはとんでも無い展開になる、どの様な幕引きをするのか?」と。 ...見事に裏切られました。 新たに劇場版として新作が制作される、今回はキチンと幕引きする様だ、と言う話を聞き期待して見た新劇場版。 あのTVシリーズ途中までに感じた高揚感にケジメを付けてくれるのか? その思いは前作「Q」でものの見事に裏切られました。 それでも私は、本作に僅かでも期待していたのですが… 理解出来ない、整理が付かない事ばかりです。 意味が判らない台詞・専門用語のオンパレード。 まるで仮想世界で繰り広げられているかの様な戦闘シーン。 前作までの戦闘シーンは一体何だったのか? 何故、何処かの撮影スタジオで戦う? 何故、教室やアパートの一室で戦う? 全ては主人公の脳内妄想なのか? ニアサードインパクトって本当に起こった事なのか? 百歩譲って終盤一連の戦闘シーンが異次元か何処かで繰り広げられていたとして、 最後の戦いが終わり、あの村の人々はどうなったのか? 何故、前作や本作の途中で絶命した人達が何も無かったかの様に駅のホームで談笑しているのか? 主人公は声変わりしてスーツにネクタイ、駅前のロータリーを楽しげに走り去って行くが、 何がどうしてこの様な展開になったのか? 仮に、終盤に主人公が口にする「Neon Genesis」が具現化したのだとしても、全てが余りにも説明不足過ぎる。 また、人智を超えた存在が人類を巻き込み戦わせ、最終的に新たな生命・世界創造の起源となる、 即ち、人類補完計画の原案はイデオンで既に見させて貰っています。 アプローチは違えど、「2001年宇宙の旅」「2010年」もエヴァンゲリオン=モノリスと捉えれば、同じ類の作品だと思えます。 私の様な一般の映画ファンに取っては、大変申し訳無いのですがこの点数です。 【たくわん】さん [映画館(邦画)] 0点(2021-03-14 23:04:46) (良:5票) |
9.《ネタバレ》 ほんとに終わったのね。 序盤の鬱シンジ、もう笑えたわ、なんか。 あと中身28歳見た目14歳アスカって、男性の理想像なんやろなあと思った。笑 【ギニュー隊長★】さん [映画館(吹替)] 8点(2021-03-26 23:16:18) (笑:2票) |
8.《ネタバレ》 『惑星大戦争』?『惑星大戦争』なの?と思ったそばから『さよならジュピター』で「やりやがったな」みたいな。
それはともかく、期待したほどではなく、でも危惧したほどでもなくて、まあこんなモンでしょう、みたいなカンジで。『Q』であそこまで違った道を進んだのだから、そこから続く今作はもっともっと違ったモノを見せてくれると思ったのだけど、『THE END~』のクライマックスの存在がやっぱり影を落としてるし、だけどアレほどにはポカーンって状態ではなくて、それなりの結末を見せてくれて。前作ほどには突き放してなくて、もっとずっと人に寄っていて。 でもまあ『まどマギ』みたいな『エヴァ』よね・・・
ゲンドウのクライマックスの自分語りがまー超ウザくってさ、だけどアレがある意味エヴァって事象に対する監督の言い訳というか紆余曲折した上での今の心境みたいなモノなのね、と思うと、んー、まあどうでもいいわ。はいはいそうですね、くらいなモンだわ。あそこ、長さの原因になってる感じだけど、もっと削って欲しかったくらい。ダレたわ。
気合いの入った、パワフルな絵創りは良かったわ。シネスコの画角いっぱいに横倒し状態で人物入れるのが頻出するのはちょっとやり過ぎな気もしたけど。
エヴァの時代っていうのがもう時代遅れで恥ずかしい世界になるギリギリのところでエヴァに完全にケリ付けて、俺らはここに残るのでお前ら若者達は先へ進め!みたいなカンジになってる気もしたのね。冒頭に書いた映画群とか『さらば宇宙戦艦ヤマト』とかの露骨な引用もオールドタイプの自認みたいなモノで。それを自覚してるあたりは潔いのかもしれないわ。だけどカヲルくんがあんなだから第4、第5のエヴァが現れる危険性もないことはないのかもしれないわね・・・
【追記】 気になったところ。男をしょうもないダメな生き物として描きつつ、最後にはそういう男を女に受容させるっていうのは男目線の甘えよね。何十年も生きて表現してきた上でなお男のだらしの無さを女に許容させるって、それはアニメ界に巣食う病みたいなモノかしら。パヤオも御大もそういうところあるでしょ。細田監督もそう。そろそろ業界全体でアップデートしたらどうかしら? 【あにやん🌈】さん [映画館(邦画)] 6点(2021-03-08 20:03:30) (良:2票) |
7.《ネタバレ》 いやぁ、とにかく面白かった。 まず、旧劇から投げっぱなしだったサード(ニアサード)インパクト後に世界は人々はどうなったのかというのをしっかり描いているので良かった。絶望と思われた世界にも希望があって人々がどのように生活しているのかよく分かるし、目標というものがしっかり明確に提示されている。
シンジは最初廃人同然だったが、本作ては周りの人達がとにかく優しくて、すぐに立ち直る。そしてそこから何をするべきなのか悟ったかのように急成長して行く。父親と今一度向き合い対決する事で全てに終止符を打つのだ。それは実に分かりやすく熱い物語だった。 「Q」ではシンジ同様観客も置いてきぼりを食らってイマイチ訳がわからなかったのが、それの答え合わせをするかのように伏線を回収して行く様は実に心地良かった。
また、本作で良かった点としては考察に頼らなくてもゲンドウ自らが今まで何をして来てこれから何をしようとしているのか、さらにはシンジを避けていた理由などもシンジ達に分かりやすく噛み砕いて教えてくれるのだ。こんなサービス精神旺盛なゲンドウ観た事ねぇ!これはなんとも観客に優しいし、誰もが納得出来るようにちゃんと終わらせようとしてるんだなという明確な意思を庵野から感じられたので良かったと思う。
人間ドラマ部分がしっかり描かれていた為、それに伴ってアクションシーンも鳥肌の連続でヤバかった。 ヴンダーと敵戦艦との壮大なバトル。 降下しながら機関銃を量産機に向かって撃ちまくる新弐号機の格好良さ。 アスカがとにかく最後まで格好いい! マリも、ミサトも、レイも、シンジも、キャラクター皆魅力的。 そして、初号機がついに覚醒した暁にはカタルシスも最高潮に達していた。 庵野が遂に裏切らなかった。それだけでも拍手喝采もの。 これは新劇から入った人、テレビシリーズから観ている人、両方が満足出来る内容になっていると思う。 最後の精神世界のメタ的構造。 そして、キャラクター達が実写に還っていくラスト。もう本当に終わりなんだなと実感し、感動と共に喪失感も感じていた。
近くに座っていた女性が入り込み過ぎて所々で嗚咽を洩らしているのもあって、こっちも終始号泣しながら観ていた…。 【ヴレア】さん [映画館(邦画)] 10点(2021-03-08 12:46:08) (良:1票)(笑:1票) |
6.《ネタバレ》 コロナ禍で上映を我慢しAmaプラもスルーして満を持してBlu-ray購入したらレコーダーが壊れて見れなかった…。 前作のQから8年も要したのにさらに長く遠かった思い出あります。 溜めて溜めて4部作完走。ようやくエヴァも幕を閉じたな‥と。
正直、単品の内容だけでみればそんなおもろないです。 広げた人類補完計画という伏線を回収しhappy endまでもっていった。壮大な妄想の中で…。 でも不思議と強い余韻が残る。 エヴァへの想いというか愛というか…アニメーション時代も含めて感情がこみあげてくる。 そんな映画も珍しい。
また、宇多田ヒカルのOne Last Kissはエヴァとの世界観と哀愁とシンクロしすぎて素晴らしい。 これだけでも満足です、ホント。 本作6点+One Last Kiss1点+トータルで見たエヴァの世界観に1点で8点。 【mighty guard】さん [インターネット(邦画)] 8点(2024-07-04 18:06:11) (良:1票) |
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5.《ネタバレ》 劇場で鑑賞しましたが、サボっていたので今更のレビューです。このタイトルとは長い付き合いになるので、私的に総括したいと思います。 最初のシリーズには興奮しました。主人公はアムロに輪を掛けて内向的な性格だったけど、周囲のキャラが陰気を補完していたし、アクションは激しくカッコイイし、何より頻出するキーワードが謎めいていて、次回を見逃せない気分にさせられました。 しかし、ラスト25話・26話には不満が残りました。そこまでに撒き散らした謎が回収されず、主人公の内面描写で終了。興味を喚起しまくったうえで、鑑賞側が見たいものは提供しない。これ以上無いほどの「制作者のマスターベーション」でしょう。24話までのワクワク感とのギャップが整理できなかったファンは多いと思います。そんな鑑賞側の不満を、制作者は理解していたと思います。でも、あの時点ではあれが限界だったのでしょう。 「Air/まごころを、君に」には感謝しました。人類補完計画とは?の疑問に回答が与えられました。「ATフィールドは心の壁」なる台詞に、このタイトルの全てが集約されていると思いました。この台詞は、私が出会ったSFワードの中でも未だに屈指の輝きを放っています。 しかし、物語の進め方と終わり方はフツーでは無かった。病床のアスカに興奮して自慰行為に及びましたからね。最後、主人公はエントリープラグに座って悲鳴を上げるだけで何もしない。つまり、主人公らしくない。補完完遂後と思われる世界に動くものは無く、その荒涼とした風景に何を感じて良いかが分からなかった。主人公は生存していたが、ラストの台詞はアスカの「キモチワルイ」でした。やはりこの制作者はかなり特別な方だと思いました。屈折、あまのじゃく、へそ曲がり…、その辺りの形容詞が浮かびます。そして、そんな鑑賞側の違和感も、制作者は充分に理解していたと思います。でも、あの時点ではあれが彼の表現だったのでしょう。 そしてスタートした「新劇場版」。3~4作の連作が報じられていました。私は「今度は補完計画が失敗して終わるのだろう」と思いました。で、別に自慢じゃないのですが、その通りになりました。補完失敗を想像した理由は単純で、それがあまりに個人的な願望だったから。碇ゲンドウは彼の人生でただ一人、自分を受け入れてくれた女性を取り戻すことを期して計画を進めました。でも、そんな理由で地球人類70億の個性を無に帰すことを是として良い訳がない。現代や現在を全否定して終了する物語は、やはりあり得ない。 「制作者の作家性」と「好ましい物語性」の葛藤が新劇場版だったと思います。 「エヴァ」のテーマとは「ヒトのヒトの距離」です。この最終作へ至る道程を振り返ると、すごい数の距離を描いていたことに気付きます。その距離は時間と共に変化し、安定することはない。シンジとレイ、シンジとアスカの関係だけを取っても、接近と拒絶を繰り返していたことがよく分かる。そして、登場人物全員に言えることですが、良好な距離が少なかったことにも気付きます。けっこう常にギスギスしてましたよね。同時に、良好な距離が担保された時の安心感や満足感にも気付かされます。 制作者は「自分」の作品として、ヒト同士の距離の二面性を絵として残しておきたかったのだと思いました。碇ゲンドウと云う、小心で不器用な人物はおそらく制作者自身の投影で、人と良好な距離を作れない奴の代表。でも制作者はその態度を肯定している訳では無く、この最終作では、トウジ・ケンスケ・ヒカリ委員長と云う懐かしい面々を登場させて「好ましい距離感」や「好ましい物語性」へ配慮しました。そのうえで、シンジに主人公としての役割を与え、物語を完結させた。 その終わらせ方は、ここに至っては、私に取っては大きな問題ではなかったです。制作者の四半世紀に及ぶ葛藤が表現された作品。それが私にとっての「エヴァ」だったと思います。ありがとう、そして、さようなら、全てのエヴァンゲリオン。 【アンドレ・タカシ】さん [映画館(邦画)] 7点(2022-01-16 00:31:46) (良:1票) |
4.《ネタバレ》 アマゾンプライムでみました。 何度も何度もあと何分かとシーケンスバーを確認しました。 広げた風呂敷をたたみきれず、最後は音楽に乗せて前向きなラストにすることでどうにかしのいだって感じでしょうか。
複雑すぎる構成をまとめます。
最初は2号機の部品を取るためフランスを奪還するシーン。 次に田舎で暮らすシーン。 次が碇ゲンドウが13号機でなにかするのを止めるシーン。 次がシンジとゲンドウが戦ってそのあと会話するシーン。 でミサトがヤリを届けて、唱歌に載せてすべてのエヴァンゲリオンを破壊するシーン。 で現実の駅でマリと駅を出るシーン。 と。 こういう構成ですね。
長髪の綾波を出したら受けるんじゃね?という観客を小バカにしてるスタッフの卑劣さも垣間見えます。
ラストの方で流れた歌が優しく明るい歌なので劇場で2時間も茶番に付き合って疲労した観客は強引に感動させられたのではないでしょうか?
人気作は何度も何度も流用されます。 エヴァも何度も何度もコスられた既視感バリバリの使いまわしシーンばっかりじゃないですか。
アスカがシンジに結構きつく当たってますが、あそこらへんは視聴者にインパクトを与えるためだと思いました。
これと同じことはQのときもやっていて、みんながシンジにめっちゃきつくあたってましたよね。 あれを見たとき、「みんながシンジにきつく当たるのは、納得できる理由があるのではなく、観客にインパクト与えるためだな」と思いました。 【承太郎】さん [インターネット(邦画)] 3点(2021-10-16 13:37:16) (良:1票) |
3.《ネタバレ》 劇場で見てさらにAmazonPrimeで再確認しました。
点数は劇場版で見た際のメモの点数のまんまです(大画面と音響の違いがAmazonPrimeとはだいぶ違う) 良くわからないけど、なんかわかった気がするという 相反する感想のちょうど間くらいをいったという絶妙な映画でした。
まぁ、きっちり完結してくれたのは 正直今回も駄目だと思ったので結構びっくりしました(なんならQすらも無視する続編の可能性もあった)
あのよく分からなかったQからしっかり続編にした上で ああやって終わらせたのは結構見事でした。
なお、個人的に3Dモデリングの練習をフリーソフトであるBlenderを使ってますが エヴァでもこれ使ってるのをエンドロールで知り あのモデルを作ってるのを想像すると、ちょっと吐きそうになります。
3Dだからこその凄まじいカメラワークだったり 見たこと無いレイアウトだったり画的に色々見応えありましたし
普通に作画した部分も丁寧で、優秀なアニメーターが集まっているんだなぁっていうのも感じました。 なので、劇場で見れたのは良かったと思います。
で、AmazonPrimeで確認して色々考察してみましたが それでも良くわからないですねぇ。
以下考察とか項目ごとの感想による超絶ネタバレです。(考察サイトとか見てないので的外れが多いかもです)
■ レイとカヲル君
綾波レイはユイさんのクローンですが カヲル君はそもそも第一使徒という認識でしたが ピアノが引けたり、司令うんぬんの呼び名だったり、ゲンドウが乗ったエヴァがもろ最初のカヲル君だったりする事から ゲンドウのクローン的な奴なのを考えると ラストが腑に落ちましたがどうなんでしょう。
■ アスカ
AmazonPrimeで気づきましたが、 ラストにもさらっとゲームをしている姿がありました。 レイとカヲル君と同じホームにいて シンジ君とのホームの違いが 決別の意味になのかよく分からなかったです。
■ マリ
こいつはなんでいるの?って感じでしたが 結局のところゲンドウとかユイさんと同僚ないし後輩だった訳ですが(写真とか過去の映像にさらっといる) ※このためのエヴァの呪縛設定
メインヒロインに昇格したのは何故なのかは今ひとつ分からなかったです。 ※twitterでシンジがアニメキャラであるアスカから卒業して、庵野監督の嫁のモデルであるマリと結ばれた。というのを知りましたがいかに。
■ 碇ゲンドウ
ユイさんが好きすぎるあまりやべぇ行動してるサイコパスの認識のまま 最終形態の状況や 脳を拾うやべぇ行動の意味の理解は進まない。
■ 最終シーン
アニメから現実世界へ描写が写ったことで、 アニメとリアル世界は続いているよって事なのかと解釈
第三村と続いてたらなんか良かったけど あっちの舞台は静岡で ラストシーンは山口みたいなので そのあたり違う模様
※庵野監督の出身が山口でしたか 【シネマレビュー管理人】さん [映画館(邦画)] 8点(2021-08-23 13:12:27) (良:1票) |
2.1995年10月4日の18:00だか18:30だかに放送された第一話に衝撃を受けてからリアタイでハマり、そしてあの最終話で違う意味の衝撃を受けた多くの同志達は今この映画を観てどう思うんだろうなぁ…と、あらためてそんな事を思わせてくれる映画でした。
もし25年前にこれに近い終わり方を見せてくれていれば間違いなく神話になっただろうな…とは思いますが(まぁあの最終話もある意味伝説ではあるのですが)、今だと逆に、綺麗にまとめすぎてありがちで平凡な終わり方になっちゃったなぁ…と、ちと残念にも思えてしまいます。 …まぁとにもかくにも一応ちゃんと終わった事をもって良しとしましょう。
そもそも単独の映画として評価できるようなものではないので点数のつけようもないのですが、つけないわけにもいかないのでとりあえずなんとなくの点数つけときます。 【あばれて万歳】さん [インターネット(邦画)] 7点(2021-08-15 01:50:09) (良:1票) |
1.《ネタバレ》 本作の率直な感想は「庵野監督がTVシリーズの最終2話で本当に描きたかったのはこれだったんだ!」である。
主人公・碇シンジの心の決着、そのために必要不可欠な通過儀礼となる父ゲンドウとの、互いの心を包み隠さない摯実な対話。そしてシンジの周りの主要キャラの生と死。 失礼ながら、TVシリーズ製作当時の監督には、これらを描ききるだけの力量はなかったのではないか。当時は製作スケジュールの破綻から最終2話があのようになったと記憶している。派手なメカアクションを伴う総力戦を描くだけの作画スケジュールが無かったことももちろん大きな理由だっただろう。だが今の視点からは、監督自身の人間的な深みが今ほど熟成されていなかったことも大きかったのだろうと推測できる。 その後の、旧劇場版製作の過程で受けたバッシング、様々なアニメや実写映画の製作、結婚など、監督のその後の人生経験が、本作を描き切る糧となったのだろう(これまでの版権などで獲得した資産や、そこから得られる潤沢な時間も大きい)。シンジやアヤナミレイ(仮称)に注がれるトウジやヒカリ、ケンスケの人間的深味と優しさは、監督がその半生で得たものがそのまま反映されているに違いない。
後半に畳み掛けるように頻出する専門用語のため、詳細な状況把握が出来ないのはいささか残念だが――そのため10点満点には出来ない――、25年越しに実現した正式な物語の完結、それによって心の平穏を獲得したであろう監督への祝福の気持ち。映画の観方としては若干いびつかもしれないが、こういった様々な要素が混じりあってじんわりと僕の心も救ってくれたし、監督を祝福したい気持ちにもなった。だから、感謝の意を持って、上映後の映画館で大きな拍手がしたかった。だが、10数人しかいない観客が静かに椅子から立ち上がって去っていく、静寂に包まれた環境下――ちなみに観たのは4月5日(月)の夜――では恥ずかしくてとても出来なかった。そこで、手のひらの力を抜いて、聞こえるか聞こえないかくらいの大きさで8回拍手したのだった。 おめでとう、そしてありがとう、エヴァンゲリオン。
追記:本作と新劇場版Qは、本来間隔を開けずに公開されるべきだった。それが実現していれば、世間の、そして僕個人のQへの観方や評価は今よりも好意的になっていたはずだ。仕方のないこととはいえ、勿体無い話だと思う。 【はあ】さん [映画館(邦画)] 9点(2021-04-12 12:24:33) (良:1票) |