6.音が印象的な映画。浮浪児にかぶせる汽車の音、アパートの一室のポツリポツリとした雨漏りの音、突然スピーカーから流れる音楽、タクトを振り上げようとした時の風の音・・・。それぞれがその場の雰囲気を代弁しています。中北千枝子さんの、薄幸そうとはいえない明快な雰囲気も戦後の荒廃を明るく夢を持って生きようとする女性によくあっていますね。作中では、やたらと残金を計算しているのですが、現実に使ったお金が動物園の入場料以外、不本意な支出ばかり。しかしこの事実が、その後のベーカリーや音楽堂でのお金を使っていないシークェンスへ生きています。喫茶店でのミルクコーヒーの一件など残金を執拗に描いているのはそのためでしょう。またここではコートを手離させることで、目に見える形としての暖かさまでも奪っています。よって目には見えない未来のベーカリーや音楽堂でのコンサートがより際やかにその暖かさを纏うことになっているのが巧いなあ~と。音楽堂では、嬉しそうにタクトを振る男、涙ながらに観客席から見る女、お互い同方向を見ているためその表情はわからないはずなのですが、気持ちは一つになっている様子が画から伝わってきます。ラスト、黙って駅のベンチに座る二人。ここで喫茶店での女の言葉がまた生きてきます。汽車の音、揃ってちらりその方向を見る二人・・・彼ら二人の未完成交響曲が完成に近付きつつある瞬間でありました。 【彦馬】さん 8点(2004-10-15 00:35:52) (良:2票) |
5.リバイバルを見てきた。骨太な印象のある黒澤監督がこんな慎ましい世界も描けるんだなとその幅の広さに感心した。これでもかと現実に打ちのめされる貧しいカップルの日曜日を描いているのだが、あまりに辛いことが多いので、つい弱気に屈折してしまう男を責める気持にはとてもなれない。あんまり辛いことばかり続くと、もうどうしていいか、わからなくなることがあるんだよね。「そういう気持ちにもあるよな」と思ってしまった。その卑屈さが冒頭の足元に落ちてる吸殻を拾おうとするところによく出てる。それを止める恋人の女性。偶然かハワード・ホークスの「リオ・ブラボー」の冒頭に、これと全く同じシチュエーションが出てくる。吸殻と酒の違いはあるが。何気ない場面なんだけど俳優の見せ方が上手いね、黒澤監督は。また、この場面がラストと上手く対比されている。今時、こんな純粋な恋が通じるかという声があるかと思うけど、物言わぬ普通の恋人達の姿って、いまでも、そんなに変わらないと思うよ。リッチともお洒落とも縁が無い、いろいろ上手くいかないけど、励ましあって、ささやかに頑張ってるカップルって、いまでもたくさんいると思うしこれを見たら、自分のこととして感情移入するんじゃないかな?ましてや、チャップリンの「独裁者」と同様、敢えて映画のタブーを破ったラストの女性の言葉と表情はグッと来る人も多いのではないか?確かに、ベタな物語ではあるが、そんなことは欠点でも何でもない。それどころか、こういうベタな話をベタに描いて人を惹き込むには腕が無ければできない。昨今、よく言われる「先の読めない」話のほうが楽かもしれないのだ。キチンとした物語そのものを「ベタだ」と揶揄してるとすれば、それは揶揄する我々のほうが想像力貧困かもしれない。真正面から、キチンとしたまっとうな日本語で語りかけてくる人を「何それ?ギャグ?」と混ぜ返す卑屈さにも通じる。監督自身も認めてるように、少し長いとは思う。ラストが少し長いとは思うけど、何だか、すごく大事にしたい映画だ。ベスト10には入らないけど、自分の中で大事に大事にしたい映画だね、これは。ある本で読んだ「卑屈とは、自分が真面目に生きようとしないだけでなく、真面目に生きようとする他人をせせら笑うことだ」という言葉が心に刺さった。・・・。バランスの取れた成功作ではないけれど、見てよかった、ホントに。 【ひろみつ】さん 8点(2004-06-18 18:16:42) (良:2票) |
4.《ネタバレ》 実にまったく気分が晴れることのない映画で、最後まで観るのがかなり苦痛でした。貧乏という傷口にこれでもかと塩を塗り続けます。主人公たちがそこから健気に立ち直るような体裁ですが、私は疲れ果てました。実際、週1日の休暇がこんなことだと月曜からの1週間は地獄のように辛そうです。すでに何気なく享受している現代の週休2日が愛おしくなりました。戦後の日本人は本作から希望をもらったのでしょうか? そうだとしたら、やはり今の労働者より格段にパワフルだったと思います。高度成長前夜の世相を垣間見た想いです。 【アンドレ・タカシ】さん [CS・衛星(吹替)] 2点(2010-10-11 00:13:20) (良:1票) |
3.黒澤明監督と言うとどこまでも男臭い映画、そういうイメージが常に付きまとう。この映画では後の黒澤映画とは違うそういう男臭さとエネルギー、ギラギラしたものは無い。しかし、そんな黒澤映画においてもやはり黒澤明監督は他の黒澤映画の中でも常に言いつづけてきた「生きる」ことの意味、人生は辛いことも多い。いや、辛いことの方が楽しいことよりも多いけど、それでも何かに希望を託して生きて行こうではないか!この映画の主人公、二人のカップルの姿を通して生きることの素晴らしさを問う。この映画では確かに黒澤映画=男の力強さ、漲るパワーやら派手なアクションなど無縁であるが故にそこに流れる全体を包んで離さない空気、例えば戦後の東京の焼け跡の風景におけるリアル感などは戦争を経験している人間だからこそ出せるものが感じられると当時に戦争経験の無い私のような世代の者にも、なるほどね。と納得させられるものを映像の力で見せる所などはやはり黒澤明監督は単なるアクションだけの監督なんかではないという事の証明であり、そういうものをきちんと描ける監督であることが解る。主演の二人のカップル、この映画のヒロインの中北千枝子に関しても成瀬映画での彼女とは違う別の魅力が観られる。どんなに時代は変われども後ろを振り返ってばかりいるよりも前を見て生きて行こうとする彼女の姿は時代を超えて共感出来るし、色んな意味でこれまた黒澤明監督からのメッセージを感じさせれる映画として評価したい。 【青観】さん [DVD(邦画)] 8点(2010-07-11 21:59:45) (良:1票) |
2.一組の若い貧しいカップルの日曜日のデートを描いた黒澤明監督には珍しいロマンス映画。1947年という戦後まだ2年しか経っていない頃の作品のため、焼け跡の町や闇屋、戦災孤児と思われる浮浪児など、終戦直後である製作当時の時代風景があたり前のようにリアルに描かれてるのが興味深いし、男くさい作風のイメージが強い黒澤監督が初期にこのような慎ましい作品を作っていたことも正直言って驚いた。(黒澤作品と知らずに見たら絶対に別の監督の作品と勘違いしてしまいそう。)主役のカップルを演じる二人も実によく、特にすぐに悲観的になり落ち込んでしまう彼(沼崎勲が好演。)を前向きに励ます辛い境遇にいながらも決して明るさを失わないヒロインを演じた中北千枝子が素晴らしく、決して美人とは言えない顔立ちにもかかわらず見ているうちにだんだんと可愛く魅力的に見えてくる。どちらかと言えば気性の激しい人物を演じる女優が印象に残る事の多い黒澤作品においてこんなに純粋なヒロインが印象に残るのもまた珍しいことである。有名なシーンである画面から観客に拍手を求めるシーンではつい小さな拍手をしてしまったが、機会があればこのシーンは一度映画館で見てみたい。 【イニシャルK】さん [DVD(邦画)] 7点(2008-03-26 20:21:32) (良:1票) |
1.戦後を舞台に、とある何でも無い貧乏カップルの、ややツイてない休日を描きます。クライマックス、何と映画の中から観客に語りかけてくる!これがいわゆるバーチャルレアリテーとかいうやつですかいな。コレばかりは正直、どうかと思いましたけどね。幸せって、世の中に転がってるもんじゃなくて、自分の中に見つけるもの、例えば、音楽会に行けなくても自分の中で音楽が鳴り響いていたら、それも一つの幸せなんだなあ、ということで、色々身につまされるものがあります。ああ今の私って、幸せと言えるのかなあ。 【鱗歌】さん 7点(2003-10-19 00:04:09) (良:1票) |