1.浪花千栄子のスットボケたおかあちゃんぶりが絶品で、この演技は“上方的なもの”を煮詰めた国宝級であろう。テキパキした嫁を追い出してグータラな娘を入れ、ダメ息子を支配している。追い出された嫁、山田五十鈴のひきつった笑いももちろんすさまじいが、浪花のネットリしたおかあちゃんの凄さに圧倒される。彼女は、小津の『彼岸花』ではおしゃべりオバサンのユーモア、溝口の『祇園囃子』では女将の冷酷と、上方人の明と暗をクッキリと見せており、またその能面顔の造作は黒澤の『蜘蛛巣城』で忘れ難い不気味な印象を残した。本当にすごい役者だった。カイショなしの男をやらせると森繁がこれまたツボに入り、ややこしいことを避けて猫に没入している庄造を、こういう役はまかしとけ、という感じで自在に演じている。映画における俳優はしょせん監督の素材という見方もあるが、こういう作品を見ると、役者の力も絶対無視できないと思う。仲人をはじめ脇の面々もよかった。この浪花・森繁・山田三人との共演で、しかも慣れない役柄とあっては、香川京子もプレッシャーきつかったであろう。意外と長回しが多く、海岸で森繁と香川がいちゃつくとことか、家での猫との三角関係の場とか、ネチネチした感じがカットを割るとあっさりしてしまうからだろう。ただ庄造に、まとめのような賢げなセリフを言わせるのはどうか。あくまで猫のことしか頭にない“愚か”に徹することで、彼は輝かねばならないはずだ。猫との再会の場、ああこの匂いこの匂い、というあたりで見せた愚かの骨頂が、女たちに対する庄造の返答でなければならない。