1.《ネタバレ》 1957年に出版された三島由紀夫のベストセラー小説の映画化、この“よろめき”というフレーズは同年の流行語大賞と言えるほど巷では流行ったそうです。原作の内容は日本版『ボヴァリー夫人』という感じの姦通小説で、フランスの心理小説を思わせる三島由紀夫独特の文体なんだそうです(自分は未読です)。 代々続いた華族家庭出身の節子(月丘夢路)は実業家の倉越一郎(三國連太郎)と結婚し、住み込みの家政婦もいる鎌倉の豪邸で幼稚園に通う一人息子と暮らしている。夫はまあ普通の男だが、彼女にはその俗っぽさなんかが合わなくて段々愛情が薄れてきている。そんな時に街で偶然むかしちょっと関係があった男である土屋(葉山良二)と遭遇してお互いを意識するようになる。女学校時代の同級生で人妻なのに男漁りが激しい牧田与志子(宮城千賀子)にけしかけられて、節子は土屋と段々深い関係になってゆく。 脚本を書いたのは新藤兼人、三島由紀夫小説の脚色とは彼のイメージに合わない感じがするが、新藤のパートナーである乙羽信子が月丘夢路と宝塚歌劇団の同期だったという関係もあったのかもしれない。実は三島はこの映画を「これ以上愚劣な映画はちょっと考えられない」とまで酷評しているんです。たしかに調べるとストーリーは外見的には似ているけど「内容的には原作と別物」と評されるのも納得できるところがあります。出版されたのが57年6月、封切が同年10月下旬なのでさすがの新藤もじっくりと構想を練って書く余裕が無かったのかもしれません。月岡夢路の節子はその美貌といい雰囲気といい文句なしです。でも東宝には久我美子や河内桃子といった本物の華族令嬢だった女優がいたので、東宝で彼女らを起用して映画化したら面白かったかもしれません。 本作の最大の難点は、二人の不倫カップルにぜんぜん感情移入ができないところです。とくに土屋という男は、内面の葛藤はともかく子どもいる人妻を自分の昔からの思いを成就するために、関係を持つだけでなく離婚させようとまでする心理がなんか不快。家では素っ裸で飯を食うのが愉しいなんて言う、確かにちょっとヘンなところもあります。節子は土屋との関係を妊娠中絶をきっかけに清算する決心をする訳ですが、原作では夫との子供を中絶した後に土屋の子供を二回中絶するという展開なんだそうです。こりゃ原作の方がよほど凄い展開で、こういうところをマイルドにしたのも三島の怒りを買ってしまったのかもしれません。 宮城千賀子の愛人役で安部徹がマッシュルームカットのプロレスラー(!)や、ストーリーと関係ないところで西村晃が盲目の按摩師で出演したりというキャスティングも面白いところがありました。とくに按摩しながら「失礼ですが、奥様おめでたですね」と妊娠を言い当てるところは強烈な印象を残しました、お前は超能力者なのかよ(笑)。月丘夢路がシャワーを浴びるシーンでは、当然ボディダブルでしょうが裸身を影だけで見せるところなんか、テクニシャン・中平康の面目躍如でしたね。でも新藤兼人と三島由紀夫はあまりに喰い合わせが悪くて、中平康でもどうしようもなかった感がありました。