1.《ネタバレ》 『崖の上のポニョ』によく似た部分が多々あり、多分に意識しているのでしょう。『ポニョ』が様々なメタファーを通して生命の誕生を示す作品ならば、こちらは死の匂いを漂わせた作品。遠い昔に人魚に連れ去られた人々のエピソードが、まるであの世へと誘っているようです。『ポニョ』と同じように水没してゆく街のイメージも似て非なる世界で。
でも、今回どうした?って感じの吉田玲子脚本、まずその構成にひっかかりを感じました。
物語としてはよくあるフォーマット。少年が人魚と出会い、友情を育んでゆくものの、人魚は大人達の思惑によって囚われ、それを救おうと奮闘して、と。その、定番であるがゆえに当然あるハズの気持ち良さ、その不足が目立つ脚本で。
かなり状況が進んだ状態で遊歩がルーに嫉妬するあたりは「今この段階で今更その感情なの?」と思ってしまいましたし(物語の進行に伴う成長を考えると遊歩はなんだかトロい)、街で起きている騒動をカイが延々気付かない、そのサスペンスを作るのが「カイがヘッドホンをしながら勉強をしているため」という、いかにも取って付けたような理由で作劇上それでいいのか?と。
前半のルーを受け入れてゆく子供達の部分がサクサク進んでゆくだけに、後半の大人達の思惑(見世物にしようとする人々と、人魚を忌避する人々と)に翻弄される部分がゴチャゴチャともつれた感じで尾を引き続け(見世物にしようとする側が必ずしも悪でないあたりが混迷を生んで)、人魚達による救出劇の盛り上がりを阻害してしまっているように思いました。
そして湯浅作品としてもつい最近の『夜は短し歩けよ乙女』に比べるとちょっとシンドくて。『夜は~』の不条理話にはしっくりくる湯浅演出も、この一見マトモな物語な『ルー』に対してはズレ、すれ違いを感じさせて。その独特な作画の気持ち良さは相変わらずなのですが、それが既視感の波に飲み込まれてゆくのは勿体ないなぁ、と。『ポニョ』と並べてしまうとね、どうしても敵わない部分が目立ってしまう訳で。その上クライマックスの展開は『君の名は。』を思い出さずにはいられませんし、ルーのお父さんと沈んだ街は『パンダコパンダ 雨ふりサーカス』のようで。
もう少し他の作品へと意識が飛んでゆくようなものではない、オリジナリティでバーン!と見せる映画であって欲しかったと思いました。