2.《ネタバレ》 冒頭で、当時の東映社長である大川博の前口上が流されます。まあこれは「この映画は義展ちゃん事件を再現していますが、このような悲惨な事件が二度と起こらないことを願って製作いたしました」というような趣旨ですが、さすがに「ヒット作が欲しくて撮りました」とは言えませんよね。こんな興行側の言い訳はどうでも良いんですけど、犯人が逮捕されてから一年余りしかたっていない時点で映画化しちゃうところに、当時の日本映画界がまだ持っていたバイタリティを感じさせてくれます。それに比べて現在の日本映画界のだらしなさは眼を覆うばかり、なんせあのオウム真理教事件ですら正面から取り組んだ作品が未だに製作されていないんですからねえ。 私らの世代には義展ちゃん誘拐事件といえばいまだに誘拐事件の代名詞のように記憶に刷り込まれていますが、こうやって丁寧に事件の推移を見せられると、いろいろなことが改めて見えてきます。これは史実通りなんですけど、身代金受け渡し時の警察の失態・無能ぶりには驚くべきものがあります。そして犯人逮捕まで2年以上もかかったとは知りませんでした。逮捕の突破口になったアリバイ崩しの攻防戦もまるで推理小説みたいな展開で、まさに“事実は小説よりも奇なり”です。 わたしの中で「ベテラン刑事を演じたら日本一」の称号を与えられているだけあって、芦田伸介はハマり役でした。これも多分に幼いころTVで観ていた『七人の刑事』からの刷り込みがあるんでしょうね。でも、のらりくらりとウソをついて刑事たちをはぐらかす犯人役の井川比佐志が予想外の好演で、この人は善人役だけが持ち味だったんじゃなかったんだな、って再認識させられました。また音楽担当があの伊福部昭で、この救いようがない悲惨なお話しにピッタリのサウンドを聞かせてくれます。 尺は短いんですけどあまりに救いのない事件なので、ダウナーな気分にさせられること間違いなしです。やはり恩地日出夫が監督した泉谷しげる主演のTVドラマ版の方が出来は上かなと思います。そういや、このTV版も刑事役は芦田伸介でしたね。