11.《ネタバレ》 記録か芸術か。監督の感性ほとばしる本作はもちろん後者の趣が強いでしょう。監督のタクトは勝ち負けに拘らずに、勝負に挑む人間の横顔をクローズアップし筋肉の躍動感を余すところなく伝えます。よくこんな近距離の画が撮れたなあ、と望遠レンズの威力に驚かされる映像であります。着地した時に跳ね上がる土と草、アベベの精悍な横顔。
構図も素晴らしいですよね。聖火が通る住宅地を上空から俯瞰したショット。民家の庭から見るロードレースの自転車の波は、あるいは森の奥からと視点を鮮やかに変えて、その色彩も相まって美しいです。
美しいといえばベラ・チャスラフスカ。彼女のあからさまな特別扱いにはちょっと笑ってしまいました。まあ彼女は別格、「世界の名花」ですもんね。
古い怪奇映画みたいな音楽や、デリカシーの置き所が今とちょっとズレてるナレーションはご愛敬。
大会関係者や観客らの様子もつぶさに拾っており、昭和当時の雰囲気を知るのにとても有意義でした。和服姿はもうほとんど見られず、でもかっぽう着は生き残ってる。制服制帽の小学生ら。一張羅と思われるワンピースを着た女の子。なにより、あの戦争の焼け野原から立ち上がり、アジアで初のオリンピック開催にこぎ着けるほどに復興を遂げた誇りや喜びといった熱を感じます。一人一人の表情の輝きはどうでしょう。
芸術作品の看板ではあっても時が経った今、本作はまごうことなき一級の、当時世相の「記録」であると思いました。